1.視察の目的

今回の視察における目的は、下記項目 1.1, 1.2 の通り。

1.1 外交目的

 景初三年(西暦239)に、倭の女王卑彌呼の使者大夫難升米らが、倭 30国を代表
 し、魏朝帶方郡の太守劉夏を通じ魏朝に朝貢して来たことに対する答礼として、上
 30国全部を訪問し、倭が呉と組まないうちに、倭を必ず魏の傘下に入れること。
 そのため、翌年の正始元年(西暦240)に、帶方郡太守弓遵の使者建中校尉梯儁ら
 を、将兵を伴って倭に示威派遣し、魏朝斉王の詔書と賜物に加えて、倭の女王個人へ
 の好物も持参し、下賜することとする。


1.2 戦略目的

 倭地方面へ進出するときに備えて、倭の領域国力等の戦略的価値を調査すること。
 併せて、魏船(郡使船)により倭地へ渡航する術を、倭の使者らから習得すること。
 そのため、帶方郡の使者建中校尉梯儁らが明年倭の各国を答礼訪問する旨を予告し、
 倭の伝令を先に倭船(倭使船)で帰還させるとともに、使者の大夫難升米らについて
 は、明年の魏船(郡使船)出発のときまで帶方郡に滞在させ、この視察の旅を案内さ
 せつつ、倭に帰還させることとする。

 【旅の期間】 正始元年(西暦240)61正始二年(西暦241)629
        往復の行程や滞在等に要する日数を含む。 (詳細は後述)


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