5.「古事記」 要約

本稿 「古事記神代編」 としては、以下のように、「古事記」 の写本(国宝真福寺本)
 上巻(神世)と中巻(神人世)を対象とし、下巻(人世)を対象としない。

5.1 「古事記」 上巻 (序并)

5.1.1 神代から天武天皇に至る正しい由緒

混沌から、神々生まれ、人の世でき、国土定まる
 この序并(ジョアワセ)は、臣(オミ)の安萬侶(ヤスマロ)が言うことである。
★「序并(ジョアワセ)」 は、語部(カタリベ)の稗田阿礼(ヒエダアレ)が、言ったことではない。
 大本の混沌は既に固まったが、形態は未だ広がらず、誰もその形はわからなかった。
★稗田阿礼(ヒエダアレ)は、天地(アメツチ)ができる前の状態を、「混沌」 とは言っていない。
 天地が分かれると、(天之御中主神高御産巣日神神産巣日神)が、創造主とな
 り、男女が分かれると、(伊耶那岐神伊耶那美神)が、万物の祖先となった。
 伊耶那岐(イヤナキ)神が、黄泉(ヨミ)国から帰り、目を洗うと、
 日神(天照大御神)月神(月読命)が現われ、海水の禊で、神々が現われた。
★稗田阿礼(ヒエダアレ)は、「天地が分かれる」 とも、(天之御中主神高御産巣日神
 神産巣日神)が、「創造主」 であるとも、男女510神の内、(伊耶那岐神伊耶
 那美神)が、「万物の祖」 であるとも、伊耶那岐(イヤナキ)神が、「海水」 の禊をしたとも
 言っていない。
 神との因縁は、遠く不明だが、古くからの言い伝えによって、
 神が、国土を孕み、島を産んだ時のことを知り、
 物事の始めは、大昔のことだが、先代の聖人のお蔭で、
 神を生み、人ができた時代のことを察する。
 天石屋戸(アメイハヤト)(高天原の洞窟)で鏡を懸け、
 誓約(ウケヒ)で、須佐之男(スサノヲ)命が、玉を噛み吐いて、多くの王が続き、
 天照(アメテラス)大神が、剣を喰い、須佐之男(スサノヲ)命が、(八俣)遠呂知を退治して、
 八百万(ヤホヨロヅ)神が、繁栄したことと、
 八百万(ヤホヨロヅ)神が、高天原(タカアマハラ)の天安川(アメヤスカハ)で相談して、
 天下を平定し、建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神が、小浜(ヲハマ)(稲佐の浜)で説得して、
 国の穢れを取り除いたこと、がよく分かる。
★稗田阿礼(ヒエダアレ)は、「遠く不明大昔のこと」 のような上古の歴史を曖昧にす
 る言葉を使わず、また、神が、国土を 「孕み」、島を 「産んだ」 とも言っていない。

国土における歴代天皇の治世
 番仁岐(ホノニニギ)命が、高千穂(タカチホ)峰に初めて下り、
 神倭伊波礼毘古(カムヤマトヒハレビコ)天皇が、秋津島(山陽の安芸国吉備国播磨国)
 遍歴し、熊野(紀伊国那賀)に現われた熊に翻弄され、
 天神(アメカミ)の霊剣を高倉下(タカクラジ)(紀伊国那賀高倉山)に得、尾ある人が、
 (大和国)吉野(ヨシノ)で導き、(大和国忍坂大室では、)歌を合図に、敵を従わせた。
★上記 「秋津島」=大倭豊秋津(オホヤマトトヨアキツ)島は、本州全体でなく、山陽のみのこと。
★上記 「(大和国)吉野(ヨシノ)で導」 いたのは、「尾ある人」 でなく、八咫烏(ヤタカラス)。
 崇神天皇は、夢に大物主(オホモノヌシ)大神の神託を受け、
 天神地祗(アメカミクニカミ)を崇敬して、賢君といわれ、
 仁徳天皇は、民家の煙を見て、人民を慈しみ、聖帝と伝えられている。
 成務天皇は、国郡の境を定め、国土を開発し、允恭天皇は、氏姓を正撰した。
 歴代天皇の治世は、皆、風教道徳を正し、絶えようとする道徳を補った。
★上記崇神天皇は、大物主(オホモノヌシ)大神の祟り(疫病の大流行)を鎮めた。


5.1.2 第40代 天武天皇の治世

天武天皇の皇子時代 (壬申の乱)
飛鳥浄御原(アスカキヨミハラ)大宮(大海人皇子)天武天皇
 天皇になる世が近づいて来ると、世を受け継ぐことを占い、時の趨勢を知った。
 吉野(ヨシノ)山に籠もった後、味方の兵士を備え、東国経由で進軍して、近江大津
 (アフミオホツ)宮の反乱軍(弘文天皇軍)を破り、12日も経たないうちに、妖気を清めた。
 安寧が、国中に戻り、戦勝の歌舞が、都(飛鳥)に停った。
★この内戦は、後世、「壬申の乱」 と呼ばれている。

天武天皇の功績
飛鳥浄御原(アスカキヨミハラ)大宮(大海人皇子)天武天皇
 酉の年、2月に、天皇位(天武天皇)についた。
 政道は、中国開祖の黄(コウ)帝に勝り、聖徳は、周(シュウ)の文(ブン)王に優っており、
 三種の神器を継承して、国を治め、良俗を奨励し、善政を布いて、国を広げた。
 知識は、広く、遠い昔のことを深く探求し、心は、先代のことを見ていた。

天武天皇による正しい 「帝紀」「旧辞」 の流布計画
天武天皇
 詔を発し、「諸氏に伝わる 『帝紀及本辞』 には、虚偽を加えたものが多い、と聞く。
 その誤りを正さなければ、国家組織の原理天皇政治の基本理念が失われてしまう。
 正しい『帝紀』を撰び、『旧辞』の真実を定めて、後世に伝えたい。」 と告げた。
天武天皇の舎人、稗田阿礼(ヒエダアレ)
 聡明な28歳で、一目見れば、誦えることができ、一度耳にすれば、忘れなかった。
天武天皇
 稗田阿礼(ヒエダアレ)に勅命し、正しい 「帝紀旧辞」 である 「帝皇日継及先代旧辞
 (スメロキヒツギオヨビセンダイクジ)を誦習させたが、それを後世に伝えるには至らなかった。
★上記 「帝皇日継及先代旧辞」 の先代旧辞部分は、後に、「勅語旧辞」 と略称される。


5.1.3 第43代 元明女帝の治世

元明女帝の功績
元明女帝
 聖徳が天下に満ち、民を育て、貢使が、次々と訪れ、貢物の倉が、空になる月はない。
 名は、夏(カ)の禹(ウ)王より高く、徳は、殷(イン)の湯(トウ)王にも優っている。

元明女帝による天武天皇 「勅語旧辞」 の採録命令
元明女帝
 「旧辞」 に誤りがあるのを惜しみ、「帝紀」 の誤りを正そうと、和銅4918日に、
 臣(オミ)の安萬侶(ヤスマロ)に、詔を発し、「稗田阿礼(ヒエダアレ)が、天武天皇の勅命で、
 誦習した『勅語旧辞』というものを、撰録せよ。」 と告げた。


5.1.4 太安萬侶による 「勅語旧辞」 筆録

表記は、漢字の音訓を混用し、難解点に注をつける
太安萬侶(オホノヤスマロ)
 元明女帝に献上するために、詔に従って、こと細かに採録したが、
 上古の言葉の意味は、みな素朴で、漢字で、文章を書き表すことは、難しい。
 漢字の訓を用いると、言葉の真意を表せず、漢字の音を連ねると、記述が長くなる
 ので、ある1句では、音訓を混用し、ある1事の記述では、全部訓で記すことにした。
 語句が分り難いものは、注で分り易くし、意味が分り易いものは、注を加えてない。
 「日下」 はクサカ、「」 はタラシ、このようなものは、元のままにして、変えてない。

構成は、上中下3巻分冊
太安萬侶(オホノヤスマロ)
 記録したのは、天地(アメツチ)開闢(カイビャク)から小治田(ヲハリダ)御世(推古天皇)まで。
 天之御中主(アメノミナカヌシ)神鵜草葺不合(ウカヤフキアヘズ)命
 神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)天皇(神武天皇)品陀(ホムダ)御世(応神天皇)
 大雀(オホサザキ)(仁徳天皇)小治田(ヲハリダ)大宮(推古女帝)
  上巻、中巻、下巻、合計3巻を記録し、謹んで献上する。
 臣(オミ)の安萬侶(ヤスマロ)が、かしこまり、ひれ伏して申し上げる。
 和銅5128日 正五位上勲五等、太朝臣安萬侶(オホノアソミヤスマロ)。


5.2 「古事記」 上巻 (神世) 【神世第1代 天之御中主神神世第15代 火遠理命】

5.2.1 天地初発の時

別天神 5神の時代 (天之御中主神天之常立神)
天地(アメツチ)が、初めてできた時、高天原(タカアマハラ)()で、神に成す(成神)
 =人をカミ(要人)にする天族の要人を選任。
「成神」(天族の要人を選任)5神】(天神)
◆独(ヒトリ)神(単独神)(世襲でない大王) 55神。
 1.神世第1代 天之御中主(アメノミナカヌシ)神(天神)
 2.神世第2代 高御産巣日(タカミムスヒ)神(天神)
 3.神世第3代 神産巣日(カミムスヒ)神(天神)
 4.神世第4代 宇摩志阿斯訶備比古遅(ウマシアシカビヒコヂ)神(天神)
 5.神世第5代 天之常立(アメノトコタチ)神(天神)
★天地(アメツチ)(天族の土地)を初めて開発した頃の都の高天原(タカアマハラ)(海原の高み)
 は、山島=佐度(サト)(韓地巨済島)
★上記大王は、水稲耕作導入人を殖し、邑形成⇒邑を統率して、建国の基礎を作った。
以上、別天神(コトアメカミ)(天族の大王) 55神。

神世七代 12神の時代 (国之常立神伊耶那美神)
「成神」(天族の要人を選任)2神】(天神)
◆独(ヒトリ)神(単独神)(世襲でない国王) 22神。
 1.神世第6代 国之常立(クニノトコタチ)神(天神)
 2.神世第7代 豊雲上野(トヨクモノヘノ)神(天神)
★上記国王は、天族の国を建国経済力を増進⇒高天原(タカアマハラ)を壱岐(イキ)に遷都。
「成神」(天族の要人を選任)10神】(天神)
◆二(フタリ)神(夫婦神)(世襲になった国王) 510神。
 1.神世第8  宇比地迩(ウヒヂニ)神須比智迩(スヒヂニ)神(天神)
 2.神世第9  筒杙(ツツクヒ)神活杙(イククヒ)神(天神)
 3.神世第10 意冨斗能地(オホトノヂ)神大斗乃弁(オホトノベ)神(天神)
 4.神世第11 於母陀流(オモダル)神阿夜訶志古泥(アヤカシコネ)神(天神)
 5.神世第12 伊耶那岐(イヤナキ)神伊耶那美(イヤナミ)神(天神)
★上記国王は、天族の国の版図を更に拡大するため、富国強兵策を推進。
以上、神世七代(カミヨナナヨ)(天族の国王) 712神。


5.2.2 神世第12代 伊耶那岐命と伊耶那美命

2神(伊耶那岐命伊耶那美命)が、淤能碁呂島へ
天神(アメカミ)(天族の要人)一同(天神)
 伊耶那岐(イヤナキ)命伊耶那美(イヤナミ)命に、天冶矛(アメイリホコ)(鉄製鋳造鋤)を授け、
 不安定な国の根本の修復(天下布武)を命じた。
伊耶那岐(イヤナキ)命伊耶那美(イヤナミ)命(天神)
 天浮橋(アメウキハシ)(筑紫国海の中道)の土砂を、天冶矛(アメイリホコ)(鉄製鋳造鋤)で掘削
 し、淤能碁呂(オノゴロ)島(筑紫国能古島)に運び、天下布武の拠点を造成した。
「成島」(天地内を築地)1島】
◆築地(港の造成) 1島。
 1.淤能碁呂(オノゴロ)島(筑紫国能古島)
★「」 は、縄張りの 「シマ」。

2神が、淤能碁呂島で結婚
伊耶那岐(イヤナキ)命伊耶那美(イヤナミ)命(天神)
 淤能碁呂(オノゴロ)島(筑紫国能古島)に、広い邸宅と天之御柱(アメノミハシラ)()を造り、
 高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)と結んだ。
神が協力して、国土を生む=神が同行して、新天地(新たな天族の土地)を支配。

2神が、島々を生む (淡道之穂之狭別島両児島)
伊耶那岐(イヤナキ)命伊耶那美(イヤナミ)命(天神)
 天之御柱(アメノミハシラ)()で会って出陣(出航)
 伊耶那美(イヤナミ)命が、先言(先乗船)伊耶那岐(イヤナキ)命は、それを咎めた。
★伊耶那美(イヤナミ)命は、天族の習俗を知らない倭種の国(出雲国)の出身。
伊耶那岐(イヤナキ)命伊耶那美(イヤナミ)命(天神)
「生島」(新天地を支配)0島】
◆一時支配(支配放棄) 2一旦、拠点として利用したが、領主を置かずに放棄。
 1.水蛭子(ヒルコ)(豊後国海部水ノ子島)
 2.淡(アハ)島(讃岐国三野粟島)
 島の支配放棄を、天神(アメカミ)に報告。
天神(アメカミ)(天族の要人)(天神)
 太占(フトマニ)で、「女人先言不良」 と告げる。
伊耶那岐(イヤナキ)命伊耶那美(イヤナミ)命 (天神)
 天之御柱(アメノミハシラ)()で会って出陣(出航)
 伊耶那岐(イヤナキ)命が、先言(先乗船)
 遠征から帰還(西)(播磨灘周防灘玄界灘)する順に、
「生島」(新天地を支配)8島】(本領安堵支配、領主は、主に国神)
◆支配成功 8島。
 1.淡道之穂之狭別(アハヂノホノサワケ)島(淡路島)
                     (領主):淡道之穂之狭別(アハヂノホノサワケ)(国神)
 2.伊予之二名(イヨノフタナ)島(四国)
    伊予(イヨ)国          (領主):愛比売(エヒメ)(国神)
    讃岐(サヌキ)国         (領主):飯依比古(イヒヨリヒコ)(国神)
    阿波(アハ)国          (領主):大冝都比売(オホゲツヒメ)(国神)
    土佐(トサ)国          (領主):建依別(タケヨリワケ)(国神)
 3.隠伎之三子(オキノミツコ)島(隠岐)
                      亦の名(領主):天之忍許呂別(アメノオシコロワケ)(天神)
 4.筑紫(ツクシ)島(九州)
    筑紫(ツクシ)国          (領主):白日別(シラヒワケ)(国神)
    豊(トヨ)国            (領主):豊日別(トヨヒワケ)(国神)
    肥(ヒ)国    (領主):建日向日豊久士比泥別(タケヒムカヒトヨクジヒネワケ)(国神)
    熊曽(クマソ)国         名(領主):建日別(タケヒワケ)(国神)
 5.伊岐(イキ)島(壱岐) 亦の名(領主):天比登都柱(アメヒトツハシラ)(天神)
 6.津(ツ)島(対馬)    亦の名(領主):天之狭手依比売(アメノサデヨリヒメ)(天神)
 7.佐度(山島)(サト)島(韓地巨済島)  (領主):なし
 8.大倭豊秋津(オホヤマトトヨアキツ)島(本州全体でなく、1方面のみの小地域で、山陽のみ)
               亦の名(領主):天御虚空豊秋津根別(アメミソラトヨアキツネワケ)(天神)
    国の全体=大八島(オホヤシマ)国(未支配の山陰、畿内、北陸、東山、東海他を含まず)
★上記 「5.伊岐(イキ)(壱岐)」、「6.(ツ)(対馬)」、「7.佐度(山島)(サト)
 (韓地巨済島)」 は、在来の天地(過去の天族支配地)
伊耶那岐(イヤナキ)命伊耶那美(イヤナミ)命(天神)
 遠征から帰還(西)(播磨灘周防灘玄界灘)する順に、
「生島」(新天地を支配)6島】(本領安堵支配、領主は、主に国神)
◆支配成功 6島。
 9.吉備児(キビコ)島          亦の名(領主):建日方別(タケヒカタワケ)(国神)
 10.小豆(ヲヅ)島         亦の名(領主):大野手比売(オホノテヒメ)(国神)
 11.大(オホ)島(周防大島)    亦の名(領主):大多麻流別(オホタマルワケ)(国神)
 12.女(メ)島(姫島)          亦の名(領主):天一根(アメヒトネ)(天神)
 13.知訶(チカ)島(宗像大島)  亦の名(領主):天之忍男(アメノオシヲ)(天神)
 14.両児(フタコ)島(沖の島)   亦の名(領主):天両屋(アメフタヤ)(天神)
★上記 「生島」 で、「1.淡道之穂之狭別(アハヂノホノサワケ)(淡路島)14.両児(フタコ)
 (沖の島)」 における島の名亦の名は、初代の領主名を示す。

2神が、神々を生む (大事忍男神和久産巣日神)
伊耶那岐(イヤナキ)命伊耶那美(イヤナミ)命(天神)
 神を生む(生神)=カミ(要人)を支配する役人に選任。(本領安堵支配)
「生神」(役人に選任)10神】(主に、国神)
◆山陽領主の下、内陸側の役人に選任 7神。
 1.大事忍男(オホコトオシヲ)神(国神)
 2.石土毘古(イハツチビコ)神(国神)
 3.石巣比売(イハスヒメ)神(国神)
 4.大戸日別(オホトヒワケ)神(国神)
 5.天之須男(アメノタダヲ)神(天神)
 6.大屋毘古(オホヤビコ)神(国神)
 7.風木津別之忍男(カヤモクツワケノオシヲ)神(国神)
◆山陽領主の下、瀬戸内側の役人に選任 3神。
 8.(海神)    大綿津見(オホワタツミ)神(国神)
 9.(水戸神)   速秋津日子(ハヤアキツヒコ)神(国神)
 10.(水戸神) 速秋津比売(ハヤアキツヒメ)神(国神)
上記速秋津日子(ハヤアキツヒコ)神速秋津比売(ハヤアキツヒメ)神(水戸神)(国神)
伊耶那岐(イヤナキ)命伊耶那美(イヤナミ)命の代理として、
「生神」(役人に選任)8神】(主に、国神)
◆山陽の水戸神の下、港の海側の役人に選任 4神。
 11.沫那芸(アワナギ)神(国神)
 12.沫那美(アワナミ)神(国神)
 13.頬那芸(ツラナギ)神(国神)
 14.頬那美(ツラナミ)神(国神)
◆山陽の水戸神の下、港の川側の役人に選任 4神。
 15.天之水分(アメノミクマリ)神(天神)
 16.国之水分(クニノミクマリ)神(国神)
 17.天之久比奢母智(アメノクヒザモチ)神(天神)
 18.国之久比奢母智(クニノクヒザモチ)神(国神)
伊耶那岐(イヤナキ)命伊耶那美(イヤナミ)命(天神)
「生神」(役人に選任)4神】(主に、国神)
◆九州4領主の下、役人に選任 4(1)
 19.(風神) 志那都比古(シナツヒコ)神(国神)
 20.(木神) 久久能智(ククノチ)神(国神)
 21.(山神) 大山津見(オホヤマツミ)神(国神)
 22.(野神) 鹿屋野比売(カヤノヒメ)神、亦の名:野椎(ノツチ)神(国神)
上記大山津見(オホヤマツミ)神(山神)野椎(ノツチ)神(野神)(国神)
伊耶那岐(イヤナキ)命伊耶那美(イヤナミ)命の代理として、
「生神」(役人に選任)8神】(主に、国神)
◆九州の山神の下、役人に選任 4神。
 23.天之狭土(アメノサヅチ)神(天神)
 24.天之狭霧(アメノサギリ)神(天神)
 25.天之闇戸(アメノクラト)神(天神)
 26.大戸或子(オホトマトヒコ)神(国神)
◆九州の野神の下、役人に選任 4神。
 27.国之狭土(クニノサヅチ)神(国神)
 28.国之狭霧(クニノサギリ)神(国神)
 29.国之闇戸(クニノクラト)神(国神)
 30.大戸或女(オホトマトヒメ)神(国神)
伊耶那岐(イヤナキ)命伊耶那美(イヤナミ)命(天神)
「生神」(役人に選任)5神】(主に、国神)
◆天族の水軍の将軍に選任 1神。
 31.鳥之石楠船(トリノイハクスフネ)神、亦の名:天鳥船(アメトリフネ)(天神)
◆四国(阿波国讃岐国土佐国伊予国)4領主の下、役人に選任 4(1)
 32.大冝都比売(オホゲツヒメ)神(国神)
 33.火之夜芸速男(ホノヤギハヤヲ)神、
     亦の名:火之炫毘古(ホノカガビコ)神、火之迦具土(ホノカグヅチ)神(国神)
 34.(嘔吐)   金山毘古(カナヤマビコ)神(国神)
 35.(嘔吐)   金山毘売(カナヤマビメ)神(国神)
★讃岐(サヌキ)国の火之迦具土(ホノカグヅチ)神が反逆。
 伊耶那美(イヤナミ)命が負傷伊耶那岐(イヤナキ)命は、救助隊を要請。

「成神」(天族の要人を選任)5神】(天神)
◆伊耶那美(イヤナミ)命への救助隊 5後に、伊耶那美(イヤナミ)命は、死去。
 1.()   波迩夜須毘古(ハニヤスビコ)神(天神)
 2.()   波迩夜須毘売(ハニヤスビメ)神(天神)
 3.(尿)   弥都波能売(ミツハノメ)神(天神)
 4.(尿)   和久産巣日(ワクムスヒ)神(天神)
 5.(和久産巣日神の子)豊宇気毘売(トヨウケビメ)神(天神)
伊耶那岐(イヤナキ)命伊耶那美(イヤナミ)命(天神)
「成島」(天地内を築地)          1
「生島」(新天地を支配)失敗       2
「生島」(新天地を支配)成功    14
「生神」(役人に選任)      35(速秋津日子神速秋津比売神が生んだ8
                  大山津見神野椎神が生んだ8神 を含む)
「成神」(天族の要人を選任)      5
伊耶那岐(イヤナキ)命(天神)
 伊耶那美(イヤナミ)命の葬儀に、泣き女を要請。
「成神」(天族の要人を選任)1神】(天神)
◆伊耶那美(イヤナミ)命への泣き女 1神。
 1.香(カグ)山(日向国臼杵天香山)麓の木本の泣沢女(ナキサハメ)神(天神)
伊耶那美(イヤナミ)命(天神)
 墓=出雲(イヅモ)国と伯耆(ホウキ)国の境、比婆(ヒバ)之山(東出雲=出雲国意宇)
 黄泉(ヨミ)国。
★遺体は、讃岐(サヌキ)国吉備(キビ)国東出雲(出雲国意宇)に搬送されて、帰郷。

伊耶那岐命が、伊耶那美命を殺した火神に報復
伊耶那岐(イヤナキ)命(天神)
 十拳剣(トツカツルギ)で、火神の火之迦具土(ホノカグツチ)神を討伐。
★火之迦具土(ホノカグツチ)神を討伐する十拳剣(トツカツルギ)を 「御刀」 という。(⇒聖戦)
「成神」(天族の要人を選任)8神】(天神)
◆火之迦具土(ホノカグツチ)神への報復軍(御刀の先=前衛) 3神。
 湯津石(ユツイハ)(神聖な岩)(讃岐国小豆島岩谷)まで追撃。
 1.石柝(イハサク)神(天神)
 2.根柝(ネサク)神(天神)
 3.石筒之男(イハツツノヲ)神(天神)
◆火之迦具土(ホノカグツチ)神への報復軍(御刀の本=中衛) 3神。
 湯津石(ユツイハ)(神聖な岩)(讃岐国小豆島岩谷)まで追撃。
 1.甕速日(ミカハヤヒ)神(天神)
 2.樋速日(ヒハヤヒ)神(天神)
 3.建御雷之男(タケミイカヅチノヲ)神、亦の名:建布都(タケフツ)神、豊布都(トヨフツ)神(天神)
◆火之迦具土(ホノカグツチ)神への報復軍(御刀の柄=後衛) 2神。
 指の股(讃岐国小豆島四方指)で決着。
 1.闇淤加美(クラオカミ)神(天神)
 2.闇御津羽(クラミツハ)神(天神)
伊耶那岐(イヤナキ)命(天神)
「成神」(天族の要人を選任)8神】(天神)
◆火之迦具土(ホノカグツチ)神を討伐した後の讃岐(サヌキ)国の共同新領主 8神。
 1.()   正鹿山津見(マサカヤマツミ)神(天神)
 2.()   淤縢山津見(オドヤマツミ)神(天神)
 3.()   奧山津見(オクヤマツミ)神(天神)
 4.(陰部)  闇山津見(クラヤマツミ)神(天神)
 5.(左手)  志芸山津見(シギヤマツミ)神(天神)
 6.(右手)  羽山津見(ハヤマツミ)神(天神)
 7.(左足)  原山津見(ハラヤマツミ)神(天神)
 8.(右足)  戸山津見(トヤマツミ)神(天神)
伊耶那岐(イヤナキ)命(天神)
 火之迦具土(ホノカグツチ)神を斬った刀=天之尾羽張(アメノヲハバリ)」 族の刀。
 亦の名:伊都之尾羽張(イツノヲハバリ)新天地の 「伊都(筑紫国怡土)製の刀。

伊耶那岐命が、伊耶那美命の逝った黄泉国へ行く
伊耶那岐(イヤナキ)命(天神)
 伊耶那美(イヤナミ)命の遺体引取りと偽り、黄泉(ヨミ)国(東出雲=出雲国意宇)に侵攻。
伊耶那岐(イヤナキ)命(天神)
 伊耶那美(イヤナミ)命の遺体を引取ろうと、湯津爪(ユツツマ)(神聖な爪)櫛に火を点して
 見ると、墓では、8雷神(黄泉神)が、伊耶那美(イヤナミ)命を守護。
「神成居」(先住民による要人)8神】(国神)
◆伊耶那美(イヤナミ)命の親衛隊=黄泉(ヨミ)神 8雷神。
 1.()   大雷(オホイカヅチ)(国神)
 2.()   火雷(ホイカヅチ)(国神)
 3.()   黒雷(クロイカヅチ)(国神)
 4.(陰部)  柝雷(サクイカヅチ)(国神)
 5.(左手)  若雷(ワカイカヅチ)(国神)
 6.(右手)  土雷(ツチイカヅチ)(国神)
 7.(左足)  島雷(シマイカヅチ)(国神)
 8.(右足)  伏雷(フシイカヅチ)(国神)
伊耶那岐(イヤナキ)命(天神)
 伊耶那美(イヤナミ)命の遺体引取りの嘘が露見()遺体引取りを断念し、退却。
伊耶那美(イヤナミ)命(天神)
 黄泉醜女(ヨミシコメ)に、伊耶那岐(イヤナキ)命を追撃させる。
伊耶那岐(イヤナキ)命(天神)
 黄泉醜女(ヨミシコメ)の追撃を撹乱撃退。
 黒髪山葡萄、湯津爪(ユツツマ)櫛筍(タケノコ)。
伊耶那美(イヤナミ)命(天神)
 8雷神(黄泉神)1,500人の黄泉軍(ヨミイクサ)に、伊耶那岐(イヤナキ)命を追撃させる。
伊耶那岐(イヤナキ)命(天神)
 十拳剣(トツカツルギ)を後ろ手に防戦退却。
 黄泉比良(ヨミヒラ)坂(東出雲=出雲国意宇)の坂本の桃で、
  8雷神(黄泉神)黄泉軍(ヨミイクサ)を撃退。
 桃の実(桃作りの一般人)に命名意冨加牟豆美(オホカムヅミ)命。
★葦原中(アシハラナカ)国=青人草(アヲヒトクサ)(未熟な一般人)の居住地(高天原の外)
伊耶那美(イヤナミ)命(天神)
 自身が伊耶那岐(イヤナキ)命を追撃。
伊耶那岐(イヤナキ)命(天神)
 黄泉比良(ヨミヒラ)坂=伊賦夜(イフヤ)坂(東出雲=出雲国意宇)を千人引きの大岩
 (1,000人の兵士道返(チガヘシ)之大神=塞坐黄泉戸(フサギイマスヨミト)大神)で塞ぎ、
 伊耶那美(イヤナミ)命と離縁出雲(イヅモ)国から撤退。
伊耶那美(イヤナミ)命(天神)
 死去して、「大神」 になった黄泉津(ヨミツ)大神=道敷(チシキ)大神。

伊耶那岐命の黄泉国帰りの禊で、神々3貴子成る
伊耶那岐(イヤナキ)大神(天神)
 竺紫日向(チクシヒナタ)(筑紫国早良)の港に帰着した時、
 黄泉津(ヨミツ)大神(伊耶那美命)に対抗し、「大神」 に昇格。
 竺紫日向(チクシヒナタ)(筑紫国早良)の橘小門(タチバナヲト)阿波岐(アハキ)原で禊。
伊耶那岐(イヤナキ)大神(天神)
 伊耶那美(イヤナミ)命を担ぐ黄泉(ヨミ)神の反撃に遭い、黄泉(ヨミ)国(東出雲=出雲国
 意宇)から撤退し、竺紫日向(チクシヒナタ)(筑紫国早良)に帰着して、軍装束を解いた。
「成神」(天族の要人を選任)12神】(天神)
◆伊耶那岐(イヤナキ)大神の身辺世話をしていた従者 12神。
 1.()            衝立船戸(ツキタチフナト)神(天神)
 2.()            道之長乳歯(チノナガチハ)神(天神)
 3.()            時量師(トキハカラシ)神(天神)
 4.()            和豆良比能宇斯能(ワヅラヒノウシノ)神(天神)
 5.()            道俣(チマタ)神(天神)
 6.()            飽咋之宇斯能(アキクヒノウシノ)神(天神)
 7.(左手の腕輪)   奥疎(オキザカル)神(天神)
 8.(左手の腕輪)   奥津那芸佐毘古(オキツナギサビコ)神(天神)
 9.(左手の腕輪)   奥津甲斐弁羅(オキツカヒベラ)神(天神)
 10.(右手の腕輪)  辺疎(ヘザカル)神(天神)
 11.(右手の腕輪)  辺津那芸佐毘古(ヘツナギサビコ)神(天神)
 12.(右手の腕輪)  辺津甲斐弁羅(ヘツカヒベラ)神(天神)
伊耶那岐(イヤナキ)大神(天神)
 竺紫日向(チクシヒナタ)(筑紫国早良)の橘小門(タチバナヲト)阿波岐(アハキ)原で禊。
「成神」(天族の要人を選任)14神】(天神)
◆川の中流での禊(巫女を交代) 5神。
 次の黄泉(ヨミ)国の穢れ(悪い運勢)2神を、
 1.八十禍津日(ヤソマガツヒ)神(天神)
 2.大禍津日(オホマガツヒ)神(天神)
 次の禍(マガ)直し(良い運勢)3神に交代。
 1.神直毘(カムナホビ)神(天神)
 2.大直毘(オホナホビ)神(天神)
 3.伊豆能売(イヅノメ)神(天神)
◆川の水底水中水面での禊(水軍を交代) 6神。
 次の綿津見(ワタツミ)神(阿曇連の祖先)3神を、
 1.底津綿津見(ソコツワタツミ)神(天神)
 2.中津綿津見(ナカツワタツミ)神(天神)
 3.上津綿津見(カミツワタツミ)神(天神)
 次の墨江(スミノエ)大神3大神に交代。
 1.底箇之男(ソココノヲ)命(天神)
 2.中箇之男(ナカコノヲ)命(天神)
 3.上箇之男(カミコノヲ)命(天神)
 阿曇連(アヅミムラジ)=綿津見(ワタツミ)神の子、宇都志日金柝(ウツシヒカナサク)命の子孫。
◆顔を洗う禊(王権を世襲) 3(貴子)
 1.(左目)  神世第13代 天照(アメテラス)大御神(天神)
         高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)を統治。
         承継:伊耶那岐(イヤナキ)大神の首飾り珠=御倉板挙(ミクラタナ)神を授かる。
 2.(右目) 月読(ツキヨミ)命(天神)
         夜之食(ヨルノヲス)国(旧都=韓地巨済島)を統治。
 3.()  建速須佐之男(タケハヤスサノヲ)命(天神)
         海原(日本海対馬)を統治。
★上記 「貴子(伊耶那岐命伊耶那美命の遠征に同行した愛児3)の内、後継者
 として、「伊耶那美」 の才能を受け継ぐ長女の天照(アメテラス)大御神に、王権を譲る。
★自分と天照(アメテラス)大御神の両方に、「大神」 より上位の 「大御神」 を付けて、
 長男の月読(ツキヨミ)命次男の建速須佐之男(タケハヤスサノヲ)命の地位と差別化した。

伊耶那岐大御神は、天照大御神に治世を託して死去
速須佐之男(ハヤスサノヲ)命(天神)
 伊耶那岐(イヤナキ)大御神の命令に背き、海原(日本海対馬)を治めず。(背信行為)
 ⇒「」 なし速須佐之男(ハヤスサノヲ)命になる。(剣を没収)
 天族に従わない者が満ちる。
速須佐之男(ハヤスサノヲ)命(天神)
 亡き母(伊耶那美命=黄泉津大神)の居る黄泉国(東出雲=出雲国意宇)の奥の
 根之堅州(ネノカタス)国(根の方の国)(奥出雲=出雲国仁多)行きを希望。
 伊耶那岐(イヤナキ)大御神に背く背任罪で、根之堅州(ネノカタス)国(奥出雲=出雲国
  仁多)へ追放処分。
伊耶那岐(イヤナキ)大御神(天神)
 追放処分の引責引退淡海(アフミ)(筑紫国那珂野間大池)多賀(タガ)に隠居死去。


5.2.3 神世第13代 天照大御神と速須佐之男命

速須佐之男命が、天照大御神に対して反逆
速須佐之男(ハヤスサノヲ)命()(天神)
 剣を隠して、高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)に侵攻する。
 伊耶那岐(イヤナキ)大御神の死後、後継者の女王、天照(アメテラス)大御神()への対抗
 姿勢を強め、追放先の根之堅州(ネノカタス)国(奥出雲=出雲国仁多)へ退去する前に、
 女王()に挨拶をする口実で、私兵を率いて、高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)を急襲
 し、天照(アメテラス)大御神()の王権を簒奪しようとした。
天照(アメテラス)大御神()(天神)
 速須佐之男(ハヤスサノヲ)命()の襲来に気づき、下記男装をして、臨戦態勢を取った。
 八尺勾瓊(ヤサカマガタマ)500個の輪の珠、矢が1,000本と500本入る靫、
 伊都之竹鞆(イツノタカトモ)、伊都之男建(イツノヲタケブ)の荒々しい振舞。
 新天地の 「伊都(筑紫国怡土)に由来。
速須佐之男(ハヤスサノヲ)命()(天神)
 高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)の臨戦態勢を見て、急襲を断念。
 天照(アメテラス)大御神と人財(人質)を出し合って、誓約(ウケヒ)することを提案。
天照(アメテラス)大御神()(天神)
 伊耶那岐(イヤナキ)大御神に背いてからの速須佐之男(ハヤスサノヲ)命()の奇怪な行動
 と、度重なる 「無邪心無異心」 の弁明から、弟の下心を見抜いていた。

速須佐之男命と天照大御神が、誓約し決裂
建速須佐之男(タケハヤスサノヲ)命()(天神)
 隠していた十拳剣(トツカツルギ)が露見。
 ⇒「」 なし速須佐之男(ハヤスサノヲ)命が、速須佐之男(タケハヤスサノヲ)命に戻る。
天照(アメテラス)大御神()(天神)
 高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)の天安川(アメヤスカハ)で、誓約(ウケヒ)をする。
「成神」(天族の要人を選任)3神】(天神)
◆建速須佐之男(タケハヤスサノヲ)命()が隠し持っていた十拳剣(トツカツルギ)との交換に、
 差し出した天照(アメテラス)大御神()の人財(人質交換) 3神。
 御名」 と記すように、特別な存在。
 1.御名:多紀理毘売(タキリビメ)命、亦の「御名:奥津島比売(オキツシマヒメ)命(天神)
 2.御名:市寸島比売(イチキシマヒメ)命、亦の「御名:狭依毘売(サヨリビメ)命(天神)
 3.御名:多岐都比売(タキツヒメ)命(天神)
速須佐之男(ハヤスサノヲ)命()(天神)
 十拳剣(トツカツルギ)を取り上げられる⇒「」 なし速須佐之男(ハヤスサノヲ)命になる。
「成神」(天族の要人を選任)5神】(天神)
◆天照(アメテラス)大御神()が着けていた八尺勾瓊(ヤサカマガタマ)との交換に、
 差し出した速須佐之男(ハヤスサノヲ)命()の人財(人質交換) 5神。
 御名」 と記すように、特別な存在。
 1.御名:天之忍穂耳(アメノオシホミミ)命(天神)
 2.御名:天之菩卑(アメノホヒ)命(天神)
 3.御名:天津日子根(アメツヒコネ)命(天神)
 4.御名:活津日子根(イクツヒコネ)命(天神)
 5.御名:熊野久瀬毘(クマノクセビ)命(天神)
天照(アメテラス)大御神()速須佐之男(ハヤスサノヲ)命()(天神)
 次の天照(アメテラス)大御神の人財3神=宗像(ムナカタ)(筑紫国宗像)3女神(天神)を、
 1.多紀理毘売(タキリビメ)命=宗像(ムナカタ)の沖つ宮
 2.市寸島比売(イチキシマヒメ)命=宗像(ムナカタ)の中つ宮
 3.田寸津(多岐都)比売(タキツヒメ)命=宗像(ムナカタ)の辺つ宮
 次の速須佐之男(ハヤスサノヲ)命の人財5神=無名の男神5(天神)と、等価交換。
 1.正勝吾勝勝速日天之忍穂耳(マサカツアカツカツハヤヒアメノオシホミミ)命
 2.天之菩卑(アメノホヒ)命   その子、建比良鳥(タケヒラトリ)命
                    出雲国造(イヅモクニミヤツコ)、武蔵国造(ムサシクニミヤツコ)、
               上菟上国造(カミウナカミクニミヤツコ)、
               下菟上国造(シモウナカミクニミヤツコ)、
               伊自牟国造(イジムクニミヤツコ)、対馬県直(ツシマアガタアタヘ)、
               遠江国造(トホアフミクニミヤツコ) の祖先。
 3.天津日子根(アメツヒコネ)命凡川内国造(オフシカフチクニミヤツコ)、
               額田部湯坐連(ヌカタベユエムラジ)、木国造(キクニミヤツコ)、
               大和田中直(ヤマトタナカアタヘ)、山背国造(ヤマシロクニミヤツコ)、
               馬来田国造(マクタクニミヤツコ)、怡土国造(イトクニミヤツコ)、
               道尻岐閇国造(ミチシリキヘクニミヤツコ)、
               大和俺遠高市県主(ヤマトオレトホタケチアカタヌシ)、
               蒲生稲寸(カマフイナキ)、三枝部造(サエクサベミヤツコ) の祖先。
 4.活津日子根(イクツヒコネ)命
 5.熊野久瀬毘(クマノクセビ)命
速須佐之男(ハヤスサノヲ)命()(天神)
 宗像(ムナカタ)3女神を得たから、高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)侵攻の潔白の証を得た、
 と言うのは詭弁であるが、物実の等価交換につき、異議を唱える誓約(ウケヒ)決裂。
 天照(アメテラス)大御神に乱暴=作田(ツクリタ)の畔水路壊し、大嘗(オホニヘ)御殿穢し。
天照(アメテラス)大御神()(天神)
 誓約(ウケヒ)は、速須佐之男(ハヤスサノヲ)命()の勝ち(潔白)と言い直しても、
 速須佐之男(ハヤスサノヲ)命()は、疑われたことを恨み、乱暴が酷くなる。
★天照(アメテラス)大御神が、速須佐之男(ハヤスサノヲ)命に、宗像(ムナカタ)3女神を差し出した
 懐柔策には、女の自分に王権が相続されたことによる遠慮が表れている。

天照大御神が、天石屋戸に避難復活して、反逆鎮圧
天照(アメテラス)大御神(天神)
 天服織女と機屋に居た時に、速須佐之男(ハヤスサノヲ)命に急襲され、負傷死去。
★天照(アメテラス)大御神死去を、天服織女死去と偽り、代りに天照(アメテラス)大御神に仕
 立てられた天服織女が、天石屋戸(アメイハヤト)(高天原の洞窟)に避難。

 高天原(タカアマハラ)()葦原中(アシハラナカ)国(都以外)が、常夜(トコヨ)になった。
 あらゆる神は騒ぎ、あらゆる禍が起こる。
★天照(アメテラス)大御神以前から明るさはあったので、大御神が明るさの源泉でない。
 高天原(タカアマハラ)()葦原中(アシハラナカ)国(都以外)が、常夜(トコヨ)になったのは、
 天石屋戸(アメイハヤト)(高天原の洞窟)に天照(アメテラス)大御神が隠れたためではなく、
 天照(アメテラス)大御神死去による混乱を回避するため、大御神を復活させる演出と
 して、常夜の日(日没前に日食が回復しない日)が選択されたことを意味する。
八百万(ヤホヨロヅ)神(天神)
 高天原(タカアマハラ)の天安川(アメヤスカハ)の川原で、次項を協議した。
速須佐之男(ハヤスサノヲ)命の反逆鎮圧。
 速須佐之男(ハヤスサノヲ)命の拘束と処刑
 速須佐之男(ハヤスサノヲ)命の私兵の解体
高天原(タカアマハラ)()葦原中(アシハラナカ)国(一般人の居住地)での混乱回避。
 政略上、天照(アメテラス)大御神死去を隠蔽し、「天服織女」 死去とする。
 天照(アメテラス)大御神に似せた天服織女に、大御神の役目を一時的に代行させる。
 天照(アメテラス)大御神を再登場させるために、次の復活の儀式を行なう。
  会場           天石屋戸(アメイハヤト)(高天原の洞窟)の前
  企画演出(常世長島鳥)   高御産巣日(タカミムスヒ)神の子、思金(オモヒカネ)神(天神)
  鉄鍛冶(天安川の川上の天堅石天金山の鉄)  天津麻羅(アメツマラ)(天神)
  八尺鏡製作       伊斯許理度売(イシコリドメ)命(天神)
  八尺勾瓊製作      玉祖(タマオヤ)命(天神)
  占い(太占)        天児屋(アメコヤ)命布刀玉(フトタマ)命(天神)
  布刀祝詞奏上      天児屋(アメコヤ)命(天神)
  布刀御幣製作      布刀玉(フトタマ)命(天神)
  神懸り舞踊       天宇受売(アメウズメ)命(天神)
  天照大御神代行     天服織女(天神)
  天照大御神復活     天手力男(アメテチカラヲ)神(天神)
  目撃証人        八百万(ヤホヨロヅ)神(天神)
 天照(アメテラス)大御神の葬儀は、事態収拾後、別途、病死として行なう。
 上記葬儀の時、天照(アメテラス)大御神代行の天服織女を、他の殉葬者と共に葬る。
★八百万(ヤホヨロヅ)神とは、別天(コトアメ)神5神と神世七代(カミヨナナヨ)12神の子孫で、
 速須佐之男(ハヤスサノヲ)命のように処刑された者とその一族を除く、天族の要人。
★企画演出の思金(オモヒカネ)神は、日没前に欠け始め、欠け最大で日没するような日
 食を選び、天照(アメテラス)大御神(代行の天服織女)が、西暦69111629
 (最大日食:174486.3%、日没:1835)に合わせ、天石屋戸(アメイハヤト)
 に入り、翌朝の夜明け(556)に合わせて、天石屋戸(アメイハヤト)から出ることに
 より、天照(アメテラス)大御神の復活を、代行の天服織女で行なうようにした。
天照(アメテラス)大御神代行(天服織女)(天神)
 天宇受売(アメウズメ)の誘いに乗り、天石屋戸(アメイハヤト)(高天原の洞窟)の外から、
 天児屋(アメコヤ)命布刀玉(フトタマ)命が差し出した鏡を覗いた時、
 天石屋戸(アメイハヤト)の横に居た天手力男(アメテチカラヲ)神により、天石屋戸(アメイハヤト)
 の外に引き出された後、布刀玉(フトタマ)命が、注連縄(シメナハ)を引き渡して封印。
 高天原(タカアマハラ)()葦原中(アシハラナカ)国(一般人の居住地)(明転)夜明け。
★天照(アメテラス)大御神復活の儀式で、日昇と共に復活した大御神代行の天服織女は、
 当初の計画通り、速須佐之男(ハヤスサノヲ)命を反逆罪で拘束し、その私兵を解体した。
八百万(ヤホヨロヅ)神(天神)
 速須佐之男(ハヤスサノヲ)命を裁く。
 全財産(一族宗像3女神)没収、鬚切り手足の爪抜き
 追放(奥出雲=出雲国仁多)

速須佐之男命が、大冝都比売神の国へ立ち寄る
速須佐之男(ハヤスサノヲ)命(天神)
 追放先の根之堅州(ネノカタス)国(奥出雲=出雲国仁多)へ赴く途上(阿波国)
 食糧を求めて、大冝都比売(オホゲツヒメ)神(国神)を殺害。
 神産巣日(カミムスヒ)命(天神)の許可を得て、下記物資(五穀)を奪った。
「生物」(物資を調達)6種】
◆大冝都比売(オホゲツヒメ)神を殺害して、物資を調達 6種。
 1.()    蚕
 2.()    稲の種
 3.()    粟
 4.()    小豆
 5.(陰部)   麦
 6.()    大豆

速須佐之男命が、出雲国で八俣遠呂知退治
速須佐之男(ハヤスサノヲ)命(天神)
 追放先の根之堅州(ネノカタス)国(奥出雲=出雲国仁多)に到着
 =出雲(イヅモ)国の斐伊(ヒイ)川上流にある鳥髪(トリカミ)地。
足名椎(アシナヅチ)神(老夫)(国神)
 肥(ヒ)国領主、建日向日豊久士比泥別(タケヒムカヒトヨクジヒネワケ)の下に、
 山神として選任された役人の大山津見(オホヤマツミ)神(国神)の子。
手名椎(テナヅチ)神(老妻)(国神)
 上記老夫老妻の娘(8)が、高志(コシ)(越国)から来る八俣遠呂知(ヤマタヲロチ)
 に毎年、強奪されることを憂い泣く今年の娘は、櫛名田比売(クシナダヒメ)。
高志(コシ)の八俣遠呂知(ヤマタヲロチ)
 次のような、荒々しい8族の山族出雲(イヅモ)国の背後に在る無法地帯の根之堅
 州(ネノカタス)国(奥出雲=出雲国仁多)に、越(コシ)国から来る。
 目:赤ほおずきのよう
 頭(首領):1つ/族(全体で8)
 尾(殿軍):1つ/族(全体で8)
 身体(勢力):苔むし、檜杉の木が生えた11峰/族(全体で88)の大きさ
 腹(腹巻):血が滲んでいる
速須佐之男(ハヤスサノヲ)命(天神)
 追放された身を隠し、天照(アメテラス)大御神の弟が、高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)
 ら来たと言って、大山津見(オホヤマツミ)神の子の足名椎(アシナヅチ)(老夫)を信用させ、
 老夫老妻の娘の櫛名田比売(クシナダヒメ)とその地の根之堅州(ネノカタス)国(奥出雲)
 を、高志(コシ)(越国)から来る八俣遠呂知(ヤマタヲロチ)に代って、支配しようと図る。
足名椎(アシナヅチ)神手名椎(テナヅチ)神(国神)
 垣に門8門毎に桟敷8つ作り、桟敷毎に強い酒1(全体で64)を置く。
 八俣遠呂知(ヤマタヲロチ)は、酒を飲んで寝る。
速須佐之男(ハヤスサノヲ)命(天神)
 櫛名田比売(クシナダヒメ)を湯津爪(ユツツマ)(神聖な爪)櫛に変えて髪に挿し、
 十拳剣(トツカツルギ)で八俣遠呂知(ヤマタヲロチ)を殺害斐伊(ヒイ)川は、血に染まった。
 八俣遠呂知(ヤマタヲロチ)の中尾から、速須佐之男(ハヤスサノヲ)命の十拳剣(トツカツルギ)
  の刃が欠ける程の強靭な造りの大刀1本/尾(全体で8)が出る。
  強靭な造りの大刀=都牟羽之大刀(ツムハネノタチ)=(首を切る)頭刎(ツムハ)ねの太刀。
 この太刀を天照(アメテラス)大御神(天照)に報告草那芸之大刀(クサナギノタチ)。
★強靭な鉄製の都牟羽之大刀(ツムハネノタチ)は、天族としては、珍品であり、
 1:天照(アメテラス)大御神(天照)に献上⇒草那芸之大刀(クサナギノタチ)と呼ばれる。
 残りの7:速須佐之男(ハヤスサノヲ)命は、自軍に持たせる。
 更に、大量の強靭な鉄製の剣を作らせて、出雲(イヅモ)国征圧のための武器にした。
★天照(アメテラス)大御神(天照)が、次に登場する葦原中(アシハラナカ)国(出雲)平定の時
 には、襲名後継者の天照(アメテラス)大御神(天照)に代っている。

出雲始祖 速須佐之男命出雲第6世 大国主神の系譜
速須佐之男(ハヤスサノヲ)命(天神)
 根之堅州(ネノカタス)国(奥出雲=出雲国仁多)須賀(スガ)宮=稲田(イナダ)宮(東出
 雲=出雲国意宇)に移って、大神になり、櫛名田比売(クシナダヒメ)を迎えて、歌った。
 【雲が立ち昇り出た、出雲の宮殿に妻(正室)を迎え、何重にも取り囲む垣のよう】
 足名椎(アシナヅチ)神を、稲田宮主須賀之八耳(イナダミヤヌシスガノヤツミミ)神(国神)に任命。
速須佐之男(ハヤスサノヲ)大神(出雲始祖)の子孫(国神)
◆大山津見(オホヤマツミ)神(国神)の孫、正室、櫛名田比売(クシナダヒメ)の子の系統で続く。
 出雲第1世 八島士奴美(ヤシマジヌミ)神(国神)
           大山津見(オホヤマツミ)神(国神)の娘、木花知流比売(コノハナチルヒメ)との子で、
 出雲第2世 布波能母遅久奴須奴(フハノモヂクヌスヌ)神(国神)
           淤加美(オカミ)(=闇淤加美)(天神)の娘、日河比売(ヒカハヒメ)との子で、
 出雲第3世 深渕之水夜礼花(フカフチノミヅヤレハナ)神(国神)
           天之都度閇知泥(アメノツドヘチネ)神(天神)との子で、
 出雲第4世 淤美豆奴(オミヅヌ)神(国神)
           布怒豆怒(フノヅノ)神(国神)の娘、布帝耳(フテミミ)神(国神)との子で、
 出雲第5世 天之冬衣(アメノフユキヌ)神(国神)
           刺国(サシクニ)大神(国神)の娘、刺国若比売(サシクニワカヒメ)との子で、
 出雲第6世 大国主(オホクニヌシ)神(大国の王)(国神)
           亦の名:大穴牟遅(オホアナムヂ)神、葦原色許男(アシハラシコヲ)神、
                八千矛(ヤチホコ)神、宇都志国玉(ウツシクニタマ)神
◆大山津見(オホヤマツミ)神(国神)の娘、側室、神大市比売(カムオホイチヒメ)との子 2神。
 1.大年(オホトシ)神(国神)
 2.宇迦之御魂(ウカノミタマ)神(国神)
★速須佐之男(ハヤスサノヲ)大神(出雲始祖)の子孫は、
 肥(ヒ)国領主の下、山神として選任された大山津見(オホヤマツミ)神の孫娘(正室)の子
 と、同じ大山津見(オホヤマツミ)神の娘(側室)の子 に始まる。


5.2.4 出雲第6世 大国主神

大穴牟遅神時代 (出雲国因幡国 因幡の白兎)
八十(ヤソ)神(兄弟神)(国神)
 国を大国主(オホクニヌシ)神に譲った経緯は、以下の通り。
八十(ヤソ)神(兄弟神)(国神)
 因幡(イナバ)(因幡国八上)の八上比売(ヤカミヒメ)に求婚しに行った時、
 気多(ケタ)が崎(因幡国気多)に倒れていた丸裸の兎に、海水を浴び、風に当たり、
 高い山の尾根で伏していろと教えた兎は、その通りにすると、皮膚が弱った。
大穴牟遅(オホアナムヂ)神(大国主神)(国神)
 八十(ヤソ)神(兄弟神)の後方に就く従者として登場将来の大国主(オホクニヌシ)神。
淤岐(オキ)島(因幡国白兎)に居た兎 (因幡の白兎)
 対岸の気多(ケタ)が崎(因幡国気多)に行く際、干潮時には、
 島との間に鰐鮫が並ぶような岩礁で地続きになり、走って渡る。
 渡り終える直前に、潮が満ちて来て、陸端側の岩礁の上で波に煽られ、
  鰐鮫が、兎の身ぐるみを剥ぐように、身体中を擦り剥いて、泣いていた。
 先に来た八十(ヤソ)神(兄弟神)の教えの通り、海水を浴び、風に当たり、
  伏していると、全身が、更に傷だらけに、酷くなった。
大穴牟遅(オホアナムヂ)神(大国主神)(国神)
 最後にやって来て、痛み苦しみ泣き伏す上記兎を見つける。
淤岐(オキ)島(因幡国白兎)に居た兎(因幡の白兎兎神)(国神)
 大穴牟遅(オホアナムヂ)神の教えの通り、河口に行き、真水で身体を洗い、
 河口の蒲の花粉を敷き散らかし、その上に寝転がる身体が元のように癒える。
 八十(ヤソ)神より、大穴牟遅(オホアナムヂ)神が、八上比売(ヤカミヒメ)を護る、と予言。
★因幡(イナバ)国は、大穴牟遅(オホアナムヂ)神の支持基盤となる。

大穴牟遅神時代 (伯耆国手間木国 受難逃亡)
因幡(イナバ)国の八上比売(ヤカミヒメ)
 大穴牟遅(オホアナムヂ)神に嫁ぐつもり、と言う。
八十(ヤソ)神(兄弟神)(国神)
 八上比売(ヤカミヒメ)が嫁ぐつもりの大穴牟遅(オホアナムヂ)神を殺そう、と相談。
 伯耆(ホウキ)国の手間(テマ)(伯耆国会見天萬)山麓で、火で焼いて転がし落す大岩を、
 赤い猪と偽って、大穴牟遅(オホアナムヂ)神に、捕えなければ殺す、と脅迫。
 大穴牟遅(オホアナムヂ)神は、その大岩に焼き付いて死去。
大穴牟遅(オホアナムヂ)神(大国主神)の母(刺国若比売)
 嘆き悲しみ、高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)に参上、神産巣日(カミムスヒ)命に願い出る。
神産巣日(カミムスヒ)命(天神)
 𧏛貝比売(キサカイヒメ)蛤貝比売(ウムカイヒメ)に、大穴牟遅(オホアナムヂ)神を生き返らせる。
𧏛貝比売(キサカイヒメ)
 岩に付く大穴牟遅(オホアナムヂ)神を収集。
蛤貝比売(ウムカイヒメ)
 大穴牟遅(オホアナムヂ)神に、母乳を塗布立派な男に戻って、出歩いた。
八十(ヤソ)神(兄弟神)(国神)
 大穴牟遅(オホアナムヂ)神を騙して、山へ連れて行き、大木の割れ目に押込挟み殺す。
大穴牟遅(オホアナムヂ)神(大国主神)の母(刺国若比売)
 大穴牟遅(オホアナムヂ)神を大木から取出して生き返らせ、木(キ)国(安芸国奴可大屋)
 の大屋毘古(オホヤビコ)神(山陽領主の下、内陸側に選任された内の1)の下に逃す。
八十(ヤソ)神(兄弟神)(国神)
 大穴牟遅(オホアナムヂ)神を探し出し、大屋毘古(オホヤビコ)神に、引渡しを迫る。
大屋毘古(オホヤビコ)神(国神)
 須佐之男(スサノヲ)大神(死後、「」 なし須佐之男大神になる)の神託を求めて、
 根之堅州(ネノカタス)国(奥出雲=出雲国仁多)に、大穴牟遅(オホアナムヂ)神を逃す。

葦原色許男時代 (木国根之堅州国 大神訪問)
大穴牟遅(オホアナムヂ)神(大国主神)(国神)
 須佐之男(スサノヲ)大神の下に行き、その娘、須勢理毘売(スセリビメ)と相い交わる。
須佐之男(スサノヲ)大神(天神)
 大穴牟遅(オホアナムヂ)神を葦原色許男(アシハラシコヲ)(葦原醜男=黄泉醜女と同じ蔑称)
 と言い、蛇が居る部屋(墓室)に寝させた。
須勢理毘売(スセリビメ)(葦原色許男の妻)
 蛇用比礼(ヒレ)(難を逃れる呪力がある布)を、夫の葦原色許男(アシハラシコヲ)に授ける。
葦原色許男(アシハラシコヲ)(大国主神)(国神)
 蛇用比礼(ヒレ)で、蛇が自然に静まって、寝ることができ、部屋を出た。
 次の夜の百足蜂が居る部屋(斎殿)では、
 須勢理毘売(スセリビメ)がくれた百足蜂用比礼(ヒレ)で、百足蜂を退け、部屋を出た。
須佐之男(スサノヲ)大神(天神)
 葦原色許男(アシハラシコヲ)に、野に射た鏑(カブラ)矢を探させ、周りに火を点けた。
葦原色許男(アシハラシコヲ)(大国主神)(国神)
 野火から出る所が判らずにいると、鼠の案内で穴内に隠れ、その間に火は過ぎた。
 鼠が、その矢を咥えて、出て来た。
須佐之男(スサノヲ)大神(天神)
 娘の須勢理毘売(スセリビメ)(葦原色許男の妻)が、葬儀品を持ち、泣きながら来ると、
 葦原色許男(アシハラシコヲ)は死んだものと思って、その野に出る。
 葦原色許男(アシハラシコヲ)が出てきて、その矢を須佐之男(スサノヲ)大神に奉げる。
 葦原色許男(アシハラシコヲ)を家に入れて、自分の頭の虱を取らせる。
葦原色許男(アシハラシコヲ)(大国主神)(国神)
 須佐之男(スサノヲ)大神の頭には、百足が多く居たため、妻の須勢理毘売(スセリビメ)に
 もらった椋(ムク)の実赤土を口に含み、吐き出し、百足を噛み取るように見せた。
 須佐之男(スサノヲ)大神は、葦原色許男(アシハラシコヲ)に、心を許して寝た。
 須佐之男(スサノヲ)大神の髪を、部屋に結びつけ、大岩で部屋の戸を塞ぎ、妻の須勢
 理毘売(スセリビメ)を背負い、須佐之男(スサノヲ)大神の生太刀(イクタチ)生弓矢(イクユミヤ)
 天冶琴(アメイリコト)(青銅製鋳造琴=琴弦を張った銅鐸)を携え、逃げ出した。
 天冶琴(アメイリコト)が、樹に触れて鳴り響き、寝ていた須佐之男(スサノヲ)大神を起こし
 てしまうが、須佐之男(スサノヲ)大神が、結び付けられた髪を解く間に逃げていった。
須佐之男(スサノヲ)大神(天神)
 黄泉比良(ヨミヒラ)坂(東出雲=出雲国意宇)まで追って来て、大穴牟遅(オホアナムヂ)神
 の蔑称(葦原色許男=葦原醜男)をやめて呼びかけ、次の神託を授けた。
 直伝の生大刀(イクタチ)生弓矢(イクユミヤ)で、八十(ヤソ)神(兄弟神)を放逐せよ。
 大国主(オホクニヌシ)神(大国の王)となれ。
 宇都志国玉(ウツシクニタマ)神(現実の国王)とし、須勢理毘売(スセリビメ)を正室にせよ。
 宮殿を、宇迦(ウカ)山麓(西出雲=出雲国神門)に、高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)
  見えるように、建てて住め。
大穴牟遅(オホアナムヂ)神(大国主神)(国神)
 生大刀(イクタチ)生弓矢(イクユミヤ)で八十(ヤソ)神(兄弟神)を放逐し、国作りを始めた。
 先約で結婚した因幡(イナバ)国の八上比売(ヤカミヒメ)を出雲(イヅモ)国に連れて来た。
因幡(イナバ)国の八上比売(ヤカミヒメ)
 正室の須勢理毘売(スセリビメ)を畏れ、自分の子を木の俣に挟み置き、実家に帰った。
 木の俣で死んだ子=木俣(キマタ)神、亦の名:御井(ミイ)神(出雲国御井)(国神)

八千矛神時代 (出雲国越国 妻問い)
八千矛(ヤチホコ)神(大国主神)(国神)
 大穴牟遅(オホアナムヂ)神八千矛(ヤチホコ)神(矛の武神)になり、八十(ヤソ)神を放逐。
 須佐之男(スサノヲ)大神の娘の須勢理毘売(スセリビメ)を正室にしたが、
 離縁した八上比売(ヤカミヒメ)の因幡(イナバ)国の先、越(コシ)国を支持基盤に加えて、
 越(コシ)国の沼河比売(ヌナカハヒメ)の家に求婚しに行き、歌った。
 【越国の乙女の寝る家の戸を、押し引きすると鳥が鳴く、叩いて鳴き止めさせたい】
越(コシ)国の沼河比売(ヌナカハヒメ)
 戸を開かずに、家の中から歌った。
 【私は、落ちぶれた女なので、どうか、命を取らないで、日が隠れて漆黒の夜になり、
 貴方は、若い私の胸を抱きしめ、玉のような手を枕に、いつまでも寝られますから、
 あまり、恋い焦がれますな】

八千矛(ヤチホコ)神(大国主神)(国神)
 その夜には会わず、翌日の夜に交わった。
 出雲(イヅモ)の国の領域を拡大(出雲国越国)して、沼河比売(ヌナカハヒメ)を獲得。
八千矛(ヤチホコ)神(大国主神)(国神)
 因幡(イナバ)国の八上比売(ヤカミヒメ)や越(コシ)国の沼河比売(ヌナカハヒメ)達、拡大した
 各地の妻に対する、正室、須勢理毘売(スセリビメ)の嫉妬にうんざりして、
 出雲(イヅモ)国倭(ヤマト)国(大和国)へ逃げ出そうとする時、
 正室の須勢理毘売(スセリビメ)に、歌(関白宣言)を送った。
 【見栄えがいい私が去っても、貴女は、泣かないと言うが、うな垂れて泣くだろう】
須勢理毘売(スセリビメ)
 八千矛(ヤチホコ)神を宥めるために、美酒を奉げ、歌い、杯を交わし、愛を誓い合った。
 これを、神語(カムガタリ)という。
 【貴方は、男だから、巡る島には、必ず若い妻を持っているでしょう、
 私は、女だから、貴方の他に、男も夫もいません、
 布団の中で、若い私の胸を抱き、玉のような手を枕に、いつまでも、寝てください、
 美酒を召し上がれ】

大国主神の子孫
大国主(オホクニヌシ)神の子孫(国神)
 出雲始祖 須佐之男大神に続く、出雲第1世 八島士奴美神出雲第17世 遠津山岬
 帯神の内、出雲第6世 大国主神の子孫、出雲第7世 阿遅高日子根神出雲第17
 世 遠津山岬多良斯神については、出雲第6世 大国主神の 3側室の子である。
◆宗像(ムナカタ)沖つ宮の女神、側室、多紀理毘売(タキリビメ)命(天神)との子で、
 出雲第7  阿遅高日子根(アヂスキタカヒコネ)神鴨(カモ)大御神(国神)
          妹(イモ)高比売(タカヒメ)命=下照比売(シタテルヒメ)命=下光比売(シタテルヒメ)命
側室、神屋楯比売(カムヤタテヒメ)命の子で、
 出雲第8  事代主(コトシロヌシ)神(国神)
◆八島牟遅能(ヤシマムヂノ)神(国神)の娘、側室、鳥取(トトリ)神(国神)の子の系統で、
 出雲第9  鳥鳴海(トリナルミ)神(国神)
           日名照額田毘道男伊許知迩(ヒナテルヌカタビミチヲイコチニ)神(国神)との子で、
 出雲第10世 国忍冨(クニオシホ)神(国神)
           葦那陀迦(アシナダカ)神(国神)、亦の名:八河江比売(ヤカハエヒメ)との子で、
 出雲第11世 連甕之多気佐波夜遅奴美(ツラミカノタケサハヤヂヌミ)神(国神)
           天之甕主(アメノミカヌシ)神(国神)の娘、前玉比売(サキタマヒメ)との子で、
 出雲第12世 甕主日子(ミカヌシヒコ)神(国神)
           淤加美(オカミ)(闇淤加美)(国神)の娘、
           比那良志毘売(ヒナラシビメ)との子で、
 出雲第13世 多比理岐志麻美(タヒリキシマミ)神(国神)
           比比羅木之其花麻豆美(ヒヒラキノソノハナマヅミ)神(国神)の娘、
            沼玉前玉比売(ヌタマサキタマヒメ)神(国神)との子で、
 出雲第14世 美呂浪(ミロナミ)神(国神)
           敷山主(シキヤマヌシ)神(国神)の娘、
           青沼馬沼押比売(アヲヌマヌオシヒメ)神(国神)との子で、
 出雲第15世 布忍冨鳥島海(ヌノオシホトリシマミ)神(国神)
           若尽女(ワカツクシメ)神(国神)との子で、
 出雲第16世 天日腹大科度美(アメヒハラオホシナドミ)神(国神)
           天狭霧(アメサギリ)神(国神)の娘、遠津待根(トホツマチネ)神(国神)との子で、
 出雲第17世 遠津山岬多良斯(トホツヤマサキタラシ)神(国神)
★大国主(オホクニヌシ)神の子孫は、側室、鳥取(トトリ)神の子の系統で存続する。

少名毘古那神(神産巣日神の御子)による政治介入
大穴牟遅(オホアナムヂ)神(大国主神)(国神)
 出雲(イヅモ)国の美保関(ミホノセキ)(出雲国島根)に居た葦原色許男(アシハラシコヲ)の頃、
 海上から、ガガイモの袋実のような船に乗り、近づいてくる見知らぬ神がいた。
 久延毘古(クエビコ)(山田の案山子=歩けないが、天下のすべてを知る)に尋ねると、
 この神は、神産巣日(カミムスヒ)神(天神)の子、少名毘古那(スクナビコナ)神(天神)
神産巣日(カミムスヒ)神(天神)
 少名毘古那(スクナビコナ)神に、大穴牟遅(オホアナムヂ)神の兄弟分として国固めを指示。
大穴牟遅(オホアナムヂ)神(大国主神)(国神)
 須佐之男(スサノヲ)大神の神託を受けて、矛の武神、八千矛(ヤチホコ)神になり、
 出雲(イヅモ)の領域を拡大(出雲国越国)するが、内政については、
 天族の少名毘古那(スクナビコナ)神(神産巣日神の子)による政治介入を受け入れた。
少名毘古那(スクナビコナ)神(神産巣日神の子)(天神)
 大穴牟遅(オホアナムヂ)神と、出雲(イヅモ)を固めた後、常世(トコヨ)国(四国)に行った。
★天族による政治介入は、葦原中(アシハラナカ)国(出雲)平定の布石。

御諸山の神(大物主神)による協力 (畿内統一)
大国主(オホクニヌシ)神(国神)
 出雲(イヅモ)の勢力が畿内に及び、従う神(国神)を求めた。
御諸(ミモロ)山の神(大物主神)(国神)
 海上を照らして来て、将来は、大国主(オホクニヌシ)神が治め、自分を倭(ヤマト)(大和国)
 の東山上に祀れ、と言った御諸(ミモロ)山(大和国城上三輪山)の神(大物主神)
大国主(オホクニヌシ)神(国神)
 倭(ヤマト)(大和国)を支配して、名実共に、大(オホ)国の王になった。
★上記 「御諸(ミモロ)山の神(大物主神)」 は、「此者 坐御諸山上神也」 に続いて、
 「故 其大年神」 とあるように、須佐之男(スサノヲ)大神の側室、神大市比売
 (カムオホイチヒメ)の子の大年(オホトシ)神で、既に、倭(ヤマト)(大和国)を征圧していた。

大年神の子孫
大年(オホトシ)神(大物主神)【子:17神】(国神)
◆神活須毘(カムイクスビ)神(国神)の娘、伊怒比売(イノヒメ)との子 5神。
 1.大国御魂(オホクニミタマ)神(国神)
 2.韓(カラ)神(国神)
 3.曽冨理(ソホリ)神(国神)
 4.白日(シラヒ)神(国神)
 5.聖(ヒジリ)神(国神)
◆香用比売(カグヨヒメ)との子 2神。
 1.大香山戸臣(オホカグヤマトオミ)神(国神)
 2.年御(トシミ)神(国神)
◆天知迦流美豆比売(アメチカルミヅヒメ)との子 10神。
 1.奥津日子(オキツヒコ)神(国神)
 2.奥津比売(オキツヒメ)神(国神)、亦の名:大戸比売(オホトヒメ)
    人々が祀っている竃(カマド)の神。
 3.大山咋(オホヤマクヒ)神(国神)、亦の名:末之大主(スエノオホヌシ)神
    近淡海(チカツアフミ)(近江)国日枝(ヒエ)山や葛野(カヅノ)松尾(マツヲ)に居て、
    鳴鏑(ナリカブラ)を神体とする神。
 4.庭津日(ニハツヒ)神(国神)
 5.阿須波(アスハ)神(国神)
 6.波比岐(ハヒキ)神(国神)
 7.香山戸臣(カグヤマトオミ)神(国神)
 8.羽山戸(ハヤマト)神(国神)
 9.庭高津日(ニハタカツヒ)神(国神)
 10.大土(オホツチ)神(国神)、亦の名:土之御祖(ツチノミオヤ)神
上記羽山戸(ハヤマト)神【子:8神】(国神)
◆大冝都比売(オホゲツヒメ)神(元阿波国の領主)(国神)との子 8神。
 1.若山咋(ワカヤマクヒ)神(国神)
 2.若年(ワカトシ)神(国神)
 3.妹(イモ)若沙那売(ワカサナメ)神(国神)
 4.弥豆麻岐(ミヅマキ)神(国神)
 5.夏高津日(ナツタカツヒ)神(国神)、亦の名:夏之売(ナツノメ)神
 6.秋毘売(アキビメ)神(国神)
 7.久久年(ククトシ)神(国神)
 8.久久紀若室葛根(ククキワカムロツナネ)神(国神)
★上記大年(オホトシ)神の子孫は、大国主(オホクニヌシ)神に従うことになった。


5.2.5 神世第13代 天照大御神による葦原中国平定

天之菩卑神による平定 (第1次)
天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)(天神)
 豊葦原之千秋長五百秋之水穂(トヨアシハラノチアキナガイホアキノミヅホ)国(葦原中国=本土)は、
 子の正勝吾勝勝速日天之忍穂耳(マサカツアカツカツハヤヒアメノオシホミミ)命(誓約で、天照大御神
 が獲得した速須佐之男命の人財5神の内の1)(天神)が治めよ、と命じた。
正勝吾勝勝速日天之忍穂耳(マサカツアカツカツハヤヒアメノオシホミミ)命(天神)
 天浮橋(アメウキハシ)(筑紫国海の中道)に行くと、豊葦原之千秋長五百秋之水穂(トヨアシ
 ハラノチアキナガイホアキノミヅホ)国(葦原中国=本土)は、治めるには、危険過ぎると思い、
 高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)に戻り、天照(アメテラス)大御神(天照)に指示を求めた。
高御産巣日(タカミムスヒ)神Ⅳ(天神)
 天照(アメテラス)大御神(天照)の命令で、高天原(タカアマハラ)の天安川(アメヤスカハ)原に、
 八百万(ヤホヨロヅ)神(天神)を集め、思金(オモヒカネ)神 (天神)に、この葦原中(アシハラナカ)
 国(本土)の荒ぶる国神を従えるのに、誰を遣わすべきか、を考えさせた。
★大国主(オホクニヌシ)神の勢力範囲(葦原中国=本土)は、九州の東筑紫に及んでいた。
思金(オモヒカネ)神八百万(ヤホヨロヅ)神(天神)
 相談の結果、天之菩卑(アメノホヒ)神(誓約で、天照大御神が獲得した速須佐之男命の
 人財5神の内の1)(天神)を遣わせ、と言った。
天之菩卑(アメノホヒ)神(天神)
 大国主(オホクニヌシ)神(国神)に媚び、3(2倍数)経っても、復命しなかった。
★葦原中(アシハラナカ)国(出雲)平定(1)を、誓約で天照(アメテラス)大御神が獲得した
 速須佐之男(ハヤスサノヲ)命の人財(正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命天之菩卑神)に命
 じたのは、敵方、大国主(オホクニヌシ)神の反発が少ない、と考えたこの弱気が、敗因。
★復命しない天之菩卑(アメノホヒ)神のその後の様子は、不明。

天若日子による平定 (第2次)
天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)高御産巣日(タカミムスヒ)神Ⅳ(天神)
 葦原中(アシハラナカ)国(出雲)に遣わした天之菩卑(アメノホヒ)神(天神)が、復命しない
 ので、誰を遣わすべきか、と思金(オモヒカネ)神八百万(ヤホヨロヅ)神(天神)に尋ねた。
思金(オモヒカネ)神(天神)
 天津国玉(アメツクニタマ)神(天神)の子、天若日子(アメワカヒコ)を推薦した。
天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)(天神)
 天若日子(アメワカヒコ)に、天之麻迦古(アメノマカコ)弓天之波波(アメノハハ)矢を授け、遣わす。
天若日子(アメワカヒコ)
 大国主(オホクニヌシ)神の側室、沖つ宮の多紀理毘売(タキリビメ)命(誓約で、速須佐之男命
 に差し出され、その後没収された天照大御神の人財、宗像3女神の内の1)(天神)
 の子の下照比売(シタテルヒメ)命の虜になり、8(2倍数)経っても、復命しなかった。
天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)高御産巣日(タカミムスヒ)神Ⅳ(天神)
 葦原中(アシハラナカ)国(出雲)に遣わした天若日子(アメワカヒコ)が、復命しないので、誰を
 遣わして、留まった理由を問うか、と思金(オモヒカネ)神八百万(ヤホヨロヅ)神に尋ねた。
思金(オモヒカネ)神八百万(ヤホヨロヅ)神(天神)
 鳴女(ナキメ)という名の雉(キジ)(使者)を遣わすべき、と答えた。
天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)(天神)
 葦原中(アシハラナカ)国(出雲)の荒ぶる神を服従させるために遣わしたのに、8(2
 数)
経っても復命しない訳を、天若日子(アメワカヒコ)に問うよう、鳴女(ナキメ)に命じた。
鳴女(ナキメ)という名の雉(キジ)(使者)
 高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)葦原中(アシハラナカ)国(出雲)の天若日子(アメワカヒコ)の
 家門の湯津楓(ユツカヘデ)(神聖な楓)に行き、上記の理由を問う言葉を言った。
天佐具売(アメサグメ)(天若日子の側女)
 鳴女(ナキメ)の言い草を聞き、天若日子(アメワカヒコ)には、鳴き声の悪い雉(キジ)(使者)
 が来ているから、射返せ、と進言した。
天若日子(アメワカヒコ)
 天照(アメテラス)大御神(天照)が授けた天之波士(アメノハジ)弓(天之麻迦古弓)
 天之加久(アメノカク)矢(天之波波矢)で、雉(キシ゚)(使者)を射殺した。
 矢は、雉(キジ)(使者)の胸を貫き、高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)に居る天照
  (アメテラス)大御神(天照)高木(タカキ)神(高御産巣日神)の所に届いた。
高木(タカキ)神(高御産巣日神Ⅳ)(天神)
 届いた天之加久矢(アメノカク)(天之波波矢)を見ると、鳴女(ナキメ)()の血が付いて
 いたので、矢を持ち帰った使者に、その矢で、天若日子(アメワカヒコ)を暗殺させた。
 還矢(カエシヤ)の起源、雉(キジ)のひた使い(雉が帰ってこなかった使い)の起源。
天若日子(アメワカヒコ)の父、天津国玉(アメツクニタマ)神(天神)と本妻子
 天若日子(アメワカヒコ)の妻、下照比売(シタテルヒメ)命の声が、高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)
 に届き、高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)葦原中(アシハラナカ)国(出雲)に下った。
 喪屋(モヤ)を作って、従者の河雁(カハカリ)を死者に食事を奉げる役に、
 鷺(サギ)を掃除をする役に、翠鳥(ソニトリ)を料理人に、雀(スズメ)を米を搗く女に、
 雉(キジ)を泣き女にして、88晩、天若日子(アメワカヒコ)の葬儀を挙行。
天若日子(アメワカヒコ)の妻の兄、阿遅高日子根(アヂシキタカヒコネ)神(国神)
 戦地からやって来て、天若日子(アメワカヒコ)を弔った時、
 それを、高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)から来た天若日子(アメワカヒコ)の父本妻が見て、
 天若日子(アメワカヒコ)が生きていると、穢れた死人に間違えられたのを怒り、
 十拳剣(トツカツルギ)を抜いて、喪屋(モヤ)を切り倒し、美濃(ミノ)国、藍見(アイミ)川上に
 ある喪(モ)山まで、蹴飛ばし、戦地に戻った。
 喪屋(モヤ)を切った太刀名=大量(オホハカリ)=神度剣(カムドツルギ)
★天若日子(アメワカヒコ)の喪屋を壊して、天若日子(アメワカヒコ)の父本妻子を、侮辱した
 訳は、少名毘古那(スクナビコナ)(神産巣日神の子)以来、出雲(イヅモ)が、
 高天原(タカアマハラ)による内政干渉を受けてきたことに対する腹癒せ。

阿遅高日子根(アヂシキタカヒコネ)神(国神)の妹、高比売(タカヒメ)命(下照比売命)
 天若日子(アメワカヒコ)の父本妻に、阿遅高日子根(アヂシキタカヒコネ)神の事を歌った。
 【湾曲した深い谷を、わざわざ、渡り来た、阿遅高日子根(アヂシキタカヒコネ)神だよ】

建御雷之男神による(事代主神)平定 (第3次)
天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)(天神)
 葦原中(アシハラナカ)国(出雲)に遣わした天若日子(アメワカヒコ)が死んだので、
 また、誰を遣わせば良いか、と語った。
思金(オモヒカネ)神八百万(ヤホヨロヅ)神(天神)
 天安川(アメヤスカハ)の川上の天石屋(アメイハヤ)(高天原の洞窟)に居る伊都之尾羽張(イツ
 ノヲハバリ)神=天之尾羽張(アメノヲハバリ)神(天神)か、その子、建御雷之男(タケミカヅチノヲ)
 神(天神)を遣わすように、天之加久(アメノカク)神(天神)に尋ねさせよ、と言った。
建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神の父、天之尾羽張(アメノヲハバリ)神(天神)
 子の建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神を遣わせ、と答えた。
 建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神に、天鳥船(アメトリフネ)神(水軍)(天神)が付けられた。
★伊都之尾羽張(イツノヲハバリ)神=天之尾羽張(アメノヲハバリ)神の名は、伊耶那岐(イヤナキ)
 が、火之迦具土(ホノカグツチ)を斬った刀名に由来。
★建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神=火之迦具土(ホノカグツチ)神への報復軍の神。
 天之加久(アメノカク)神の名は、天照(アメテラス)大御神(天照)が、天若日子(アメワカヒコ)
 に授けて、使者の鳴女(ナキメ)が討たれ、天若日子(アメワカヒコ)を暗殺した矢名に由来。
建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神天鳥船(アメトリフネ)神(天神)
 伊那佐之小浜(イナサノヲハマ)(稲佐の浜)(出雲国神門)に着いて、十拳剣(トツカツルギ)を
 海上に逆さまに刺し立て、その剣先に胡坐で座って、
 天照(アメテラス)大御神(天照)高木(タカキ)神(高御産巣日神)が、
 葦原中(アシハラナカ)国(出雲)は、天照(アメテラス)大御神(天照)の御子が治めるとする、
 と命じたが、異存無いか、と大国主(オホクニヌシ)神に尋ねた。
大国主(オホクニヌシ)神(国神)
 自分の子、八重事代主(ヤヘコトシロヌシ)神が申すべきだが、八重事代主(ヤヘコトシロヌシ)神は、
 鳥魚を捕りに美保関(ミホノセキ)(出雲国島根)に行き、まだ帰って来ない、と答えた。
建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神天鳥船(アメトリフネ)神(天神)
 建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神が、天鳥船(アメトリフネ)神(水軍)を遣わし、八重事代主
 (ヤヘコトシロヌシ)神を無理に呼び寄せて、尋ねた。
八重事代主(ヤヘコトシロヌシ)神(大国主の側室が生んだ事代主神)(国神)
 大国主(オホクニヌシ)神に対面し、出雲(イヅモ)は、天照(アメテラス)大御神(天照)の御子
 に奉げようと言い、天鳥船(アメトリフネ)神(水軍)の船から海に飛び込んで、自害した。

建御雷之男神による(建御名方神)平定 (第3次)
建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神(天神)
 大国主(オホクニヌシ)神に、貴方の子、事代主(コトシロヌシ)神は、天照(アメテラス)大御神(天照
 )の御子に出雲(イヅモ)を奉げる、と言ったが、他に言う子がいるか、と尋ねた。
大国主(オホクニヌシ)神(国神)
 他に子の建御名方(タケミナカタ)神(国神)以外にいない、と言っているうちに、
 建御名方(タケミナカタ)神(国神)が、1,000人引きの大岩を手先で毀してやって来た。
建御名方(タケミナカタ)神(国神)建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神(天神)
 建御名方(タケミナカタ)神が、力比べを提案。
 建御名方(タケミナカタ)神が、建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神の手を取ると、建御雷之男(タケ
 ミカヅチノヲ)神の手が、氷柱剣の刃に変わり、建御名方(タケミナカタ)神は、恐れをなした。
 建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神が、建御名方(タケミナカタ)神の手を握って放り投げた。
 建御名方(タケミナカタ)神は、逃げ去った。
建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神(天神)
 建御名方(タケミナカタ)神を、信濃(シナノ)国の諏訪海(スハミ)に追い詰めて、殺そうとした。
建御名方(タケミナカタ)神(国神)
 この信濃(シナノ)国以外の所には行かない、父の大国主(オホクニヌシ)神の命令に従う、
 八重事代主(ヤヘコトシロヌシ)の言葉の通り、天照(アメテラス)大御神(天照)の御子の命令
 の通り、葦原中(アシハラナカ)国(出雲)を献上するから、殺すな、と言った。
★大国主(オホクニヌシ)の系統は、次の通り。
 正室、須勢理毘売(スセリビメ)無子断絶。
 因幡(イナバ)国の八上比売(ヤカミヒメ)が生んだ木俣(キマタ)神夭逝断絶。
 宗像(ムナカタ)の側室が生んだ阿遅高日子根(アヂシキタカヒコネ)神戦死断絶。
 側室、神屋楯比売(カムヤタテヒメ)命が生んだ八重事代主(ヤヘコトシロヌシ)神自害断絶。
 越(コシ)国の沼河比売(ヌナカハヒメ)が生んだ建御名方(タケミナカタ)神逃亡断絶。
 側室、鳥取(トトリ)神の子の系統で存続する。

建御雷之男神による(大国主神)平定 (第3次)
建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神(天神)
 出雲(イヅモ)国に戻り、大国主(オホクニヌシ)神に、事代主(コトシロヌシ)神建御名方(タケミナカタ)
 神は、天照(アメテラス)大御神(天照)の御子に従う、と言ったが、どうか、と尋ねた。
大国主(オホクニヌシ)神(国神)
 子の2神が言う通り、葦原中(アシハラナカ)国(出雲)は、命令通り、全部献上する。
 住み処は、天照(アメテラス)大御神(天照)の御子の天津日継(アメツヒツギ)の天之御巣
 (アメノミス)(宮殿)のように、岩盤に柱を建て、高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)に見えるよ
 う高くしてくれるなら(須佐之男大神の未達の神託)、自害して幽界で静かにする。
 八重事代主(ヤヘコトシロヌシ)神を、神之御尾前(カミノミヲサキ)(神代表)にして、天照(アメテラス)
 大御神(天照)の御子に仕えたなら、他の百八十(モモヤソ)神の中で背く神は無い、
 と答えた。
★大国主(オホクニヌシ)神が自害するに当り、先に自害して果てた八重事代主(ヤヘコトシロヌシ)
 神を、神之御尾前(カミノミヲサキ)(神代表)とすることで、鳥鳴海(トリナルミ)神を始めとす
 る百八十(モモヤソ)神が、天照(アメテラス)大御神(天照)の御子に仕えることになった。
大国主(オホクニヌシ)神(国神)
 建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神のため、出雲(イヅモ)国の多芸志之小浜(タギシノヲハマ)(
 雲国出雲武志)に天之御舍(アメノミアラカ)を建て、水戸(ミナト)神(速秋津日子神速秋津
 比売神)の孫、櫛八玉(クシヤタマ)神(料理人)の天御饗(アメミアヘ)(御馳走)を献上した。
櫛八玉(クシヤタマ)神(国神)
 鵜(ウ)になって海に潜り、海底の土で天八十毘良迦(アメヤソビラカ)(多くの器)を作り、
 海藻の茎で燧臼(ヒキリウス)を作り、菰(コモ)の茎で燧杵(ヒキリキネ)を作って、火を熾(オコ)
 し、この火は、高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)では、神産巣日(カミムスヒ)命の天之新巣
 (アメノニイス)(新宮殿)の煤(スス)が厚く積もるまで焼き、地下の岩盤を焼き固め、
 延縄(ハヘナハ)釣りをする漁夫が、口の大きい尾鰭(オヒレ)鱸(スズキ)を引き上げて、
 館に沢山の天之真魚咋(アメノマナクヒ)(魚料理)を奉げる、と言った。
建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神(天神)
 高天原(タカアマハラ)(壱岐)に帰還し、葦原中(アシハラナカ)国(出雲)平定を報告した。
★多芸志之小浜(タギシノヲハマ)(出雲国出雲武志)の砂地に建つ天之御舍(アメノミアラカ)は、
 大国主(オホクニヌシ)神が、建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神をもてなすための仮設の御殿。
★上記 「天之御舍(アメノミアラカ)」 は、大国主(オホクニヌシ)神が要求した 「天之御巣(アメノミス)
 (宮殿)」 のような大国主(オホクニヌシ)神の住み処(壮大な出雲大社)とは、異る。


5.2.6 神世第14代 迩迩芸命

迩迩芸命(天之忍穂耳命の子)の誕生
天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)(天神)
 建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神から、葦原中(アシハラナカ)国(出雲)平定の報告を受け、
 高木(タカキ)神(高御産巣日神)の命令として、太子の正勝吾勝勝速日天之忍穂耳
 (マサカツアカツカツハヤヒアメノオシホミミ)命(誓約で天照大御神が獲得した速須佐之男命の人財、
 5神の内の1)(天神)に、葦原中(アシハラナカ)国(本土)を治めよ、と命じた。
正勝吾勝勝速日天之忍穂耳(マサカツアカツカツハヤヒアメノオシホミミ)命(天神)
 赴任の準備中に生まれた子、天迩岐志国迩岐志国迩岐志天津日高日子番能迩迩芸
 (アメニキシクニニキシクニニキシアメツヒタカヒコホノニニギ)命(天神)を行かせるべきである、と答えた。
 子は、高木(タカキ)神(高御産巣日神)の娘、万幡豊秋津師比売(ヨロヅハタトヨアキツシヒメ)
 命が、生んだ子2人のうち、天火明(アメホアカリ)命(天神)の次の子。
天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)(天神)
 上記天之忍穂耳(アメノオシホミミ)命(天神)が言った通り、日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)
 命(天神)に、豊葦原水穂(トヨアシハラミヅホ)国(葦原中国=本土)を治めよ、と語った。

迩迩芸命が、猿田毘古神の先導で天降る
天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)高木(タカキ)神(高御産巣日神)(天神)
 日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命(天神)が、葦原中(アシハラナカ)国(本土)に行く時、
 天之八街(アメノヤチマタ)(海路)に居て、高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)葦原中(アシハラナカ)
 国(本土)を照らす神が居たので、気後れなく応対できる天宇受売(アメウズメ)神に
 命令して、このようにしているのは誰か、と尋ねさせた。
猿田毘古(サルタビコ)神(国神)
 天宇受売(アメウズメ)神に問われた時、自分は、国神の猿田毘古(サルタビコ)神であり、
 ここに居たのは、天神(アメカミ)御子が葦原中(アシハラナカ)国(本土)に行こうとしてい
 る、と聞いたので、案内人として、迎えに来ている、と答えた。
★国神の猿田毘古(サルタビコ)神が、葦原中(アシハラナカ)国(本土)への案内のため、迎え
 に来たのは、出雲(イヅモ)側の陰謀出雲(イヅモ)国で待ち構えている惧れがある。

天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)高木(タカキ)神(高御産巣日神Ⅳ)(天神)
◆日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命(天神)の従者を選任 5人。
 1.天児屋(アメコヤ)命(天神)中臣連(ナカトミムラジ) の祖先。
 2.布刀玉(フトタマ)命(天神)忌部首(インベオビト) の祖先。
 3.天宇受売(アメウズメ)命(天神)猿女(サルメ)君 の祖先。
 4.伊斯許理度売(イシコリドメ)命(天神)作鏡連(ツクリカガミムラジ) の祖先。
 5.玉祖(タマオヤ)命(天神)玉祖連(タマオヤムラジ) の祖先。
天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)(天神)
◆日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命(天神)の付添いを選任 4神。
 八尺勾瓊(ヤサカマガタマ)、鏡(天照大御神の御霊)、草那芸剣(クサナギツルギ)を携える。
 1.常世思金(トコヨオモヒカネ)神(天神) (天照の摂政、天照大御神の御霊と共に、
                  内宮の佐久久斯絽伊須受能宮に祭る)
 2.登由宇気(トユウケ)神(天神)     (外宮の度会に居る)
 3.手力男(テチカラヲ)神(天神)     (佐那那県に居る)
 4.天石門別(アメイハトワケ)神(天神)  (宮廷の門の警護、亦の名:櫛石窓神豊石窓神)
★天照(アメテラス)大御神(天照)は、日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命に、八尺勾瓊(ヤサカ
 マガタマ)、鏡(天照大御神の御霊)、草那芸剣(クサナギツルギ)を携えさせて、太子、天之
 忍穂耳(アメノオシホミミ)命ではなく、日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命に、王権を譲った。
天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)(天神)
 日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命に、天之石位(アメノイハクラ)(海の岩座)(壱岐)を出港、
 天之八重多那(アメノヤエタナ)雲(海の霧)の中を、伊都(イツ)(筑紫国怡土)へ進み、天浮
 橋(アメウキハシ)(筑紫国海の中道)の浮島に沿って、竺紫日向(チクシヒナタ)(筑紫国早良)
 の高千穂(タカチホ)の籤振る嶽(クジフルタケ)(筑紫国高祖山)に行け、と語った。
★猿田毘古(サルタビコ)神が、葦原中(アシハラナカ)国(本土)への案内に来ても、天照(アメテ
 ラス)大御神(天照)は、日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命が幼いため、付添い(4)
 従者(5)、近衛軍を付けたものの、出雲(イヅモ)国で、出雲(イヅモ)軍が待ち構え
 ている惧れがあるので、安全な竺紫日向(チクシヒナタ)(筑紫国早良)の地を指定した。

天忍日(アメオシヒ)命天津久米(アメツクメ)命(近衛軍)(天神)
 天之石靭(アメイハユキ)、頭椎之大刀(クブツチノタチ)(都牟羽之大刀)、天之波士(アメノハジ)
 弓、天之真鹿児(アメノマカゴ)矢を持ち、日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命の前を守った。
 上記天忍日(アメオシヒ)命は、大伴連(オホトモムラジ) の祖先。
 上記天津久米(アメツクメ)命は、久米直(クメアタヘ) の祖先。
日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命(天神)
 竺紫日向(チクシヒナタ)(筑紫国早良)高千穂(タカチホ)の籤振る嶽(クジフルタケ)(高祖山)は、
 北は韓(カラ)国(旧都=韓地巨済島)に向かい、南は笠紗之岬(カササノミサキ)(肥国神埼
 鵲岬)に直結し、東西は朝日夕日が照る国で、大変良い地、と語り、岩盤に宮殿の
 柱を建て、高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)に見えるよう、高くして住んだ。
★その後、高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)竺紫日向(チクシヒナタ)(新都=筑紫国早良)
 遷都すると、都を高天原(タカアマハラ)(海原の高み)と言わなくなった。
★天照(アメテラス)大御神(天照)太子の天之忍穂耳(アメノオシホミミ)命のその後は、不明。

天宇受売命を猿女君と呼ぶ
日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命(天神)
 天宇受売(アメウズメ)命に、道案内の猿田毘古(サルタビコ)大神を出迎えて、その神の名、
 猿田毘古(サルタビコ)をもらって仕えよ、と語った。
天宇受売(アメウズメ)命(天神)
 猿田毘古(サルタビコ)と結婚して、猿女(サルメ)君と呼ばれることになった。
猿田毘古(サルタビコ)神(国神)
 阿耶訶(アヤカ)(出雲国秋鹿)に居る時、海の漁で溺れて死去。
 海底に沈んでいた時、底度久御魂(ソコドクミタマ)。
  海水の泡粒が立つ時、都夫多都御魂(ツブタツミタマ)。
  泡が裂ける時、阿和佐久御魂(アワサクミタマ)。
天宇受売(アメウズメ)命(猿女君)(天神)
 阿耶訶(アヤカ)(出雲国秋鹿)の海漁で死んだ猿田毘古(サルタビコ)神を葬送してから、
 新都(筑紫国早良)に戻り、すべての魚に、天神(アメカミ)御子に仕えるか、と尋ねた。
 多くの魚が仕える、と言う中、答えない海鼠(ナマコ)の口を縄小刀で裂いた。
 猿女君は、代々、島(筑紫国志麻)からの初物海産物を献上する管理役に就いた。

迩迩芸命の御子、火遠理命の誕生
日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命(天神)
 笠紗之岬(カササノミサキ)(肥国神埼鵲岬)で美しい娘に会い、誰の娘か、姉妹は居るか、
 貴女と結婚したいがどうか、と尋ねた。
木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)
 娘は、大山津見(オホヤマツミ)神の娘、神阿多都比売(カムアタツヒメ)、亦の名:木花之佐久夜
 毘売(コノハナノサクヤビメ)で、姉に石長比売(イハナガヒメ)が居る、自分の結婚については、
 父の大山津見(オホヤマツミ)神(国神)が、言うことができる、と答えた。
大山津見(オホヤマツミ)神(肥国領主の下に、山神として選任された役人)(国神)
 日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命に、娘との結婚を乞われると、その娘に姉の石長比
 売(イハナガヒメ)を添え、献上品を持たせて、日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命に奉げた。
日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命(天神)
 姉の石長比売(イハナガヒメ)については、醜かったので、大山津見(オホヤマツミ)神に送り
 返し、妹の木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)だけを留めて、一夜の契りを結んだ。
大山津見(オホヤマツミ)神(国神)
 石長比売(イハナガヒメ)を返されたため、大変恥じて、私の娘2人を一緒に奉げたのは、
 石長比売(イハナガヒメ)は、天神(アメカミ)御子の命が、長く変わらない岩のように、また、
 木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)は、咲き栄える花のように、と願い、献上したが、
 日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命(天神)は、木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)だけ
 を留めたので、天神(アメカミ)御子の寿命は、木の花のように儚い、と言った。
★天皇達の倍年暦の習慣を廃止すると、短命に見える。
★日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命は、九州の醜女(シコメ)の習俗を、知らなかった。
木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)
 後に、日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命の下にやって来て、天神(アメカミ)の御子が産ま
 れる時になり、私的には産めないので、打ち明ける、と言った。
日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命(天神)
 一夜の契りで妊娠した木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)の子は、
 国神の子に違いない、と語った。
木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)
 国神の子なら無事に産まれず、天神(アメカミ)の御子なら無事に産まれる、と答え、
 戸のない御殿の中に入り、火を点けて、盛んに燃えている時に産んだ。
日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命【子:3人】(天神)
正室、木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)との子 3人。
 1.火照(ホデリ)命(天神)隼人阿多(ハヤトアタ)君 の祖先。
 2.火須勢理(ホスセリ)命(天神)
 3.御名:神世第15代 火遠理(ホヲリ)命(天神)=「御名」 と記す特別な存在。
    亦の名:天津日高日子穂穂手見(アメツヒタカヒコホホデミ)命
★木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)が、燃える御殿で産んだ3子は、三つ子の兄弟。
★三つ子は、燃える御殿から救助され、木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)は、焼死。


5.2.7 神世第15代 火遠理命

火照命(海佐知毘古)と火遠理命(山佐知毘古)
火照(ホデリ)命()(天神)
 海佐知毘古(ウミサチビコ)(漁師)として、魚を捕る。
火遠理(ホヲリ)命()(天神)
 山佐知毘古(ヤマサチビコ)(猟師)として、獣を捕る。
 火照(ホデリ)命()に、各々の獲物を捕る道具を交換して使ってみたい、と願い、
 遂に、交換することができたが、海の道具で1尾も釣れず、釣針を海中に失った。
火照(ホデリ)命()(天神)
 火遠理(ホヲリ)命()に、各々の道具を返そう、と言った。
火遠理(ホヲリ)命()(天神)
 火照(ホデリ)命()の釣針を海中に失った、と答えたが、その釣針の返却を強く
 求められたので、自分の十拳剣(トツカツルギ)を潰し、1,500の釣針を作り、償った。
火照(ホデリ)命()(天神)
 その釣針を受け取らず、元の釣針を返して欲しい、と言った。
★上記兄弟は同い年なので、火遠理(ホヲリ)命()には、兄の道具を使いたい、と言
 う幼さ、火照(ホデリ)命()には、弟の代物弁済を受け入れない、未熟さがある。

火遠理命(山佐知毘古)が、綿津見神を訪問
塩椎(シオツチ)神(天神)
 悲しんで海辺にいた火遠理(ホヲリ)命に、どうして泣き悲しんでいるか、と尋ねた。
火遠理(ホヲリ)命(天神)
 火照(ホデリ)命()の釣針を失ってしまい、火照(ホデリ)命()には、多くの釣針
 で償っても、元の釣針を返すよう求められるので、泣き悲しんでいる、と答えた。
塩椎(シオツチ)神(天神)
 竹を編んで小船を作り、その船に火遠理(ホヲリ)命を乗せ、潮の流れに乗り、
 進んで行くと、魚鱗のように作った綿津見(ワタツミ)神(国神)の宮殿が在る。
 宮殿の門に着き、泉の上にある湯津香木(ユツカツラキ)(神聖な桂木)の上に居れば、
 綿津見(ワタツミ)神(国神)の娘が、火遠理(ホヲリ)命を取計らってくれる、と教えた。
★海神の綿津見(ワタツミ)神の宮殿に至るルート
 対馬(ツシマ)へ渡る海路で、都(筑紫国早良)(玄界灘)壱岐(イキ)対馬(ツシマ)。
★海神の綿津見(ワタツミ)神は、伊耶那岐(イヤナキ)命が、山陽(瀬戸内海)に選任した海
 神の大綿津見(オホワタツミ)神の子孫であるが、速須佐之男(ハヤスサノヲ)命が、治めなか
 った海原(日本海対馬)を、代りに治めていた。
火遠理(ホヲリ)命(天神)
 塩椎(シオツチ)神(天神)に教わった通り、泉の上にある桂木に登り、綿津見(ワタツミ)神
 の娘、豊玉毘売(トヨタマビメ)命の召使いが、水を汲もうとしたのを見て、水を求めた。
 器に汲まれた水を飲まず、首に巻いた玉を口に含んで、その器に吐き入れた。
 玉は器に付着召使いは、そのまま、その器を豊玉毘売(トヨタマビメ)命に奉った。
豊玉毘売(トヨタマビメ)命の召使い
 泉の上にある桂木の上に立派な男人が居て、水を求めるので奉げると、その人は、
 水を飲まず、器に玉を吐き入れ、その玉が器に付いたまま、にして来た、と答えた。
豊玉毘売(トヨタマビメ)命
 不思議に思い、出て見て、父の綿津見(ワタツミ)神に、門に立派な人が居る、と言った。
綿津見(ワタツミ)神(国神)
 この人は、日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命(天神)の御子、火遠理(ホヲリ)命、と言って、
 連れて入り、敷物の上に座らせ、膳付きの御馳走をし、娘の豊玉毘売(トヨタマビメ)命
 を与えた火遠理(ホヲリ)命(天神)は、3(2倍数)、その国(海原)に住んだ。
火遠理(ホヲリ)命(天神)
 最初のことを思い出して、大きな溜息をついた。
豊玉毘売(トヨタマビメ)命
 その溜息を聞き、父の綿津見(ワタツミ)大神に、火遠理(ホヲリ)命は、3(2倍数)居て、
 溜息をつくことが無いのに、今夜の大きな溜息には、訳があるのかも、と言った。
綿津見(ワタツミ)大神(国神)
 娘の豊玉毘売(トヨタマビメ)命が言ったとして、火遠理(ホヲリ)命に来訪の訳を尋ねた。
火遠理(ホヲリ)命(天神)
 兄(火照命)の釣針を失って、兄に咎められた様を、綿津見(ワタツミ)大神に語った。
綿津見(ワタツミ)大神(国神)
 大小の魚をすべて集めて、この釣針を取った魚がいるか、と尋ねた。
魚一同
 この頃、赤鯛が、喉に何か刺さり、物を食べることができない、と悩んでいたので、
 きっと、赤鯛が、その釣針を取ったのであろう、と言った。
綿津見(ワタツミ)大神(国神)
 赤鯛の喉を調べてみると、釣針があり、洗い清めて火遠理(ホヲリ)命に奉げた時、
 この釣針を貴方の兄に返す時には、この釣針は不幸を招く、と言って、後ろ向きに
 渡せ、貴方の兄が、高地低地に田を作れば、貴方は反対に、低地高地に田を作れ、
 自分は、水を支配しているから、貴方の兄は、3(2倍数)貧しいであろう。
 貴方の兄が、それを恨んで、攻めてきたなら、塩満珠(シオミツタマ)を出して、溺れさせ、
 真剣に許しを乞うたなら、塩乾珠(シオヒルタマ)を出して、生かしてやれ、と教えて、
 塩満珠(シオミツタマ)と塩乾珠(シオヒルタマ)の合計2個を、火遠理(ホヲリ)命に授けた。
★天族の日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命が、山神の大山津見(オホヤマツミ)神の娘に、産ま
 せた子の火遠理(ホヲリ)命が、今度は、海神の綿津見(ワタツミ)大神を味方に付けた。
綿津見(ワタツミ)大神(国神)
 鰐鮫を集めて、日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命の御子の火遠理(ホヲリ)命が、上の国
 (筑紫国早良)へ発とうとしているが、誰か幾日で送ることができるか、と尋ねた。
一尋(ヒトヒロ)(6尺)の鰐鮫
 1日で、火遠理(ホヲリ)命を送って来よう、と言った。
綿津見(ワタツミ)大神(国神)
 一尋(ヒトヒロ)(6)鰐鮫が送り、海を渡る時に、火遠理(ホヲリ)命に少しも恐い思いを
 させてはならない、と告げ、その鰐鮫の首に火遠理(ホヲリ)命を乗せて、送り出した。
火遠理(ホヲリ)命(天神)
 1日の内に火遠理(ホヲリ)命を送った鰐鮫が、帰ろうとする時、鰐鮫の首に自分の縄
 小刀を付けて帰したその一尋(ヒトヒロ)(6)鰐鮫を持(サヒモチ)神(国神)という。

火遠理命()が、火照命()を服従させる
火遠理(ホヲリ)命()(天神)
 綿津見(ワタツミ)大神(国神)の教えのように、火照(ホデリ)命()に釣針を渡した。
 以来、火照(ホデリ)命()は、益々貧しく、荒々しい心を起こして、迫って来た。
  火照(ホデリ)命()を攻める時は、塩満珠(シオミツタマ)を出して溺れさせ、
  火照(ホデリ)命()が、助けを求めてきたら、塩乾珠(シオヒルタマ)を出して救った。
火照(ホデリ)命()(天神)
 頭を下げて、今後は、火遠理(ホヲリ)命()の近衛兵として仕えよう、と言った。
 今でも、火照(ホデリ)命()の子孫は、その溺れた時の仕草を絶やさずにいる。

火遠理命の御子、鵜草葺不合命の誕生
豊玉毘売(トヨタマビメ)命
 天神(アメカミ)(火遠理命)の御子を身籠ったので、海原(日本海対馬)で産むべきで
 はないと思い、火遠理(ホヲリ)命(天神)の居る所(新都=竺紫日向)(筑紫国早良)
 海辺の渚にやって来て、鵜(ウ)羽を葺草(カヤ)にして、産屋を造った。
 その産屋が未だ葺き終わらないのに、子が産まれそうになったので、産屋に入り、
 出身国(海原)の姿で産むので、見ないでほしい、と火遠理(ホヲリ)命に言った。
★出身国(海原)の姿で産むことは、天族の火遠理(ホヲリ)命が、知らない海原の習俗。
火遠理(ホヲリ)命(天神)
 不思議なことを言うものだ、と思い、密かに覗くと、豊玉毘売(トヨタマビメ)命が、
 八尋(ヤヒロ)(48)鰐鮫になり、のたうち回っていたので、驚き、逃げて行った。
豊玉毘売(トヨタマビメ)命
 覗き見られ、恥ずかしくて、御子の天津日高日子波限建鵜草葺不合(アメツヒタカヒコ
 ナギサタケウカヤフキアヘズ)命(天神)を産み置き、海原(日本海対馬)に帰って行った。
先妻の豊玉毘売(トヨタマビメ)命
 火遠理(ホヲリ)命に覗き見られたことを恨んだが、恋心に耐えられず、御子の鵜草葺
 不合(ウカヤフキアヘズ)命(天神)の乳母として、妹の玉依毘売(タマヨリビメ)を添え、歌った。
 【赤玉は、その緒まで惹かれるが、白玉でも、貴方の姿は貴かった】
火遠理(ホヲリ)命(天神)
 先妻の豊玉毘売(トヨタマビメ)命の歌に答えて、歌った。
 【沖の鳥、鴨が寄りつく島で、共寝をした妻を忘れはしない、私が生きている限り】

鵜草葺不合命の御子 (火遠理命の孫)
火遠理(ホヲリ)命(天神)
 高千穂(タカチホ)宮(筑紫国高祖山)で、御年:580(10倍数)死去。
 御陵:高千穂(タカチホ)山(筑紫国高祖山)の西。
鵜草葺不合(ウカヤフキアヘズ)命(天神)(火遠理命と豊玉毘売命との子)【御子:4人】
正室、乳母の玉依毘売(タマヨリビメ)命(豊玉毘売命の妹)を娶り、生んだ御子 4人。
 1.五瀬(イツセ)命      4.若御毛沼(ワカミケヌ)命と共に、東方の国(畿内)に行く。
 2.稲氷(イナヒ)命      (玉依毘売命)の国の海原(日本海対馬)に行った。
 3.御毛沼(ミケヌ)命    海を渡って、常世(トコヨ)国(四国)に行った。
 4.若御毛沼(ワカミケヌ)命  亦の名:豊御毛沼(トヨミケヌ)命
              亦の名:神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命(神武天皇)


5.3 「古事記」 中巻 (神人世) 【第1代 神武天皇15代 応神天皇】

5.3.1 第1代 神武天皇 神倭伊波礼毘古命

五瀬命()と共に東征 (筑紫安芸吉備)
五瀬(イツセ)命()神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命()
 高千穂(タカチホ)宮(筑紫国高祖山)で、2人が相談し、
 どこに居れば天下を治めることができるか、東に行こう、と言って、
 竺紫日向(チクシヒナタ)(筑紫国早良)から、筑紫(ツクシ)国を発ち、陸路で、豊(トヨ)国
 宇沙(ウサ)の国人、宇沙都比古(ウサツヒコ)宇沙都比売(ウサツヒメ)に会いに行った。
国人、宇沙都比古(ウサツヒコ)宇沙都比売(ウサツヒメ)
 足一騰(アシヒトアガリ)宮(豊国宇佐)を作って、
 五瀬(イツセ)命()神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命()に、御馳走を献上した。
五瀬(イツセ)命()神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命()
 一旦、豊(トヨ)国竺紫之岡田(チクシノオカタ)宮(筑紫国遠賀)に戻り、1(2倍数)
 筑紫(ツクシ)国安芸(アキ)多祁理(タギリ)宮(安芸国安芸)に行き、7(2倍数)
 安芸(アキ)国吉備之高島(キビノタカシマ)宮(吉備国児島)に行き、8(2倍数)
 吉備(キビ)国速吸門(ハヤスイト)(播磨国明石海峡)に行くと、亀の背に乗って釣り
 をしながら来る人に出会い、誰かと尋ねると、その人は国神と答え、潮道を知って
 いるか、仕えるかと尋ねると、その人は、知っている、仕えようと答えた。
 棹をさし渡して、その人を御船に引き入れ、槁根津日子(サオネツヒコ)と、名付けた。
 大和国造(ヤマトクニミヤツコ) の祖先。
★五瀬(イツセ)命()を将軍、神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命()を副将軍とする
 近衛軍を率い、竺紫日向(チクシヒナタ)(筑紫国早良)から陸路で、豊(トヨ)国宇沙(ウサ)の
 国人、宇沙都比古(ウサツヒコ)宇沙都比売(ウサツヒメ)に、会いに行ってから、竺紫之岡田
 (チクシノオカタ)宮(筑紫国遠賀)(1)(2倍数)に戻り、水軍(久米兵士)を編成して、
 筑紫(ツクシ)国から出発し、瀬戸内海を、東に水行遍歴した。
 安芸(アキ)国(7)(2倍数)吉備(キビ)国(8)(2倍数)
 播磨(ハリマ)国(速吸門=明石海峡)

五瀬命()の敗戦死去 (速吸門日下紀伊)
神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命()五瀬(イツセ)命()
 播磨(ハリマ)国浪速之渡(ナミハヤノワタリ)(摂津国西生)を経て水行し、
 白肩津(シラカタツ)(河内国河内湾)に停泊した。
 登美能那賀須泥毘古(トミノナガスネビコ)が、軍勢で待ち構えていて、戦闘になった。
 楯を持って降りたので、その地を楯津(タテツ)、今は、日下之蓼津(クサカノタデツ)という。
五瀬(イツセ)命()
 登美能那賀須泥毘古(トミノナガスネビコ)と戦った時、手に毒矢を受けてしまった。
 日に向かう戦いでは、痛手を被るから、迂回して、日を背にして戦おう、と語った。
 南方(ミナミカタ)(摂津国南方)から、転回して、血沼(チヌ)海(和泉国茅渟海)に来て、
 手の血を洗ったので、血沼(チヌ)海という。
 そこから転回し、紀(キ)国男之水門(ヲノミナト)(雄湊)(紀伊国海部)で、雄叫び、死去。
 御陵:紀(キ)国の竃(カマ)山(紀伊国名草)
★水軍(久米兵士)の陸戦に弱いところが、初戦で露呈。

熊野で苦戦の神倭伊波礼毘古命を救援
神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命
 紀(キ)国竃(カマ)山(紀伊国名草)熊野(クマノ)村(紀伊国那賀高倉山)に着くと、
 大熊が、幽かに出没した突然、気を失い、兵士達も、気を失って、倒れた。
熊野(クマノ)(紀伊国那賀高倉山)の高倉下(タカクラジ)
 神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命の倒れている所に、横刀(タチ)1振りを献上した。
神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命
 正気を取り戻し、横刀(タチ)を受け取ると、熊野(クマノ)山(紀伊国那賀高倉山)の荒
 ぶる国神を切り倒した気を失って倒れていた兵士も、正気を取り戻した。
★陸戦に弱い水軍(久米兵士)が、熊野でも苦戦。救援物資(武器等)の兵站が到着。
神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命
 熊野(クマノ)(紀伊国那賀高倉山)の高倉下(タカクラジ)に、横刀(タチ)入手の訳を尋ねた。
熊野(クマノ)(紀伊国那賀高倉山)の高倉下(タカクラジ)
 夢で、天照(アメテラス)大御神(天照)高木(タカキ)神(高御産巣日神)が、
 建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神を呼び寄せ、神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命達を救
 援するために、葦原中(アシハラナカ)国(出雲)を従わせた建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神が、
 降る可き、と語った。
 夢で、建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神は、自分が降らずとも、葦原中(アシハラナカ)国(出雲)
 を平定した横刀(タチ)を降す可き、と言い、横刀(タチ)を降すには、高倉下(タカクラジ)
 の倉の棟に開けた穴から落とすから、高倉下(タカクラジ)が、天神(アメカミ)御子に献上
 せよ、と言ったので、朝、倉を見ると、本当に、この横刀(タチ)があった、と答えた。
 横刀(タチ)名は、佐士布都(サジフツ)神、亦の名:甕布都(ミカフツ)神、布都御魂(フツミタマ)。
 「布都」 は、建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神の亦の名(建布都豊布都)に由来。
 その横刀(タチ)は、今、石上(イソノカミ)神宮(大和国山辺石上)に在る。

八咫烏の先導で進軍 (熊野吉野宇陀)
高木(タカキ)大神(高御産巣日神Ⅴ)
 奥熊野(クマノ)には荒ぶる国神が多いので、都から八咫烏(ヤタカラス)(斥候)を派遣し、
 奥熊野(クマノ)を避け、天神(アメカミ)御子(神倭伊波礼毘古命)を先導する、と伝えた。
神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命
 八咫烏(ヤタカラス)(斥候)の後に付いて、吉野(ヨシノ)川の川下(大和国宇智阿陀)に着
 いた時、国神の贄特之子(ニヘノミノコ)(漁師)が、居た阿陀之鵜飼(アダノウカヒ) の祖先。
 宇智阿陀(ウチアダ)から更に行くと、尻尾の生えた(尻尾付き毛皮の)国神の井氷鹿
 (イヒカ)が、光る泉(大和国吉野賀美井光)から出て来た吉野首(ヨシノオビト) の祖先。
 先の山(大和国吉野国栖)に入ると、尻尾の生えた(尻尾付き毛皮の)国神の石押分
 之子(イハオシワクノコ)が、大岩を下って出て来た吉野国栖(ヨシノクズ) の祖先。
 吉野国栖(ヨシノクズ)からは、山中を通り、宇陀(ウダ)(大和国宇陀)に越えて行った
 ので、宇陀之穿(ウダノウガチ)という。
★都から派遣された八咫烏(ヤタカラス)は、天神(アメカミ)御子(神倭伊波礼毘古命)軍を奥
 熊野(クマノ)を避けて先導し、吉野(ヨシノ)川の川下に出る吉野(ヨシノ)ルートを採った。

久米歌で進撃大和国平定 (宇陀忍坂畝傍)
八咫烏(ヤタカラス)(斥候使者)
 宇陀(ウダ)(大和国宇陀)に居た兄宇迦斯(エウカシ)弟宇迦斯(オトウカシ)の兄弟に、
 神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命に仕えるか、と尋ねた。
兄宇迦斯(エウカシ)
 八咫烏(ヤタカラス)(使者)を待ち受け、鏑矢(カブラヤ)で射殺。
 その鏑矢(カブラヤ)の落ちた地を、訶夫羅前(カブラサキ)(大和国宇陀)という。
兄宇迦斯(エウカシ)
 神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命を迎え撃とうとしたが、兵士を集められなか
 ったので、神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命には、仕える、と偽りを言っておき、
 大きな御殿を作り、中に罠を仕掛けて、待っていた。
弟宇迦斯(オトウカシ)(宇陀(ウダ)水取(モヒトリ) の祖先)
 神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命に面会し、
 兄宇迦斯(エウカシ)が、八咫烏(ヤタカラス)(使者)を射殺し、御殿の中に罠を仕掛けて、
 神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命を殺そうとしている、と言った。
道臣(ミチオミ)命(大伴連(オホトモムラジ) の祖先)
・大久米(オホクメ)命(久米直(クメアタヘ) の祖先)
 兄宇迦斯(エウカシ)を呼び寄せ、作った御殿の中に先ず入って説明せよ、と言って、
 横刀(タチ)の柄(ツカ)を握り、矛(ホコ)弓矢を構えて、御殿の中に兄宇迦斯(エウカシ)
 を追い込むと、自ら仕掛けた罠に打たれて死去御殿から引き出して、斬った。
 その地を宇陀之血原(ウダノチハラ)(大和国宇陀)という。
神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命
 弟宇迦斯(オトウカシ)が献上した御馳走は、すべて、兵士達に与え、歌った。
 【宇陀の代掻き田に、鴫罠張って、我は待ったが、鴫は掛からず、鯨が掛かる、
 (宇陀で、神倭伊波礼毘古命に仕掛けた罠に、兄宇迦斯が掛かる)
 その肴、古妻が欲しがりゃ、実の無い所を取ってやれ、
 その肴、新妻が欲しがりゃ、実の多い所を取ってやれ、
 えしゃ、こしゃ、景気良く、あしゃ、こしゃ、笑い者】

★神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命が味方に付けた在地勢力(国神)は、次の通り。
 熊野(クマノ)(紀伊国)の高倉下(タカクラジ)
 吉野(ヨシノ)(大和国)の贄特之子(ニヘノミノコ)井氷鹿(イヒカ)石押分之子(イハオシワクノコ)
 宇陀(ウダ)(大和国)の弟宇迦斯(オトウカシ)
神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命
 宇陀(ウダ)(大和国宇陀)忍坂大室(オサカオホムロ)(大和国城上忍坂)に着いた時、
 室(ムロ)で待ち構える尻尾を付けた(尻尾付き毛皮の)土蜘蛛(ツチグモ)(土豪)の各
 八十建(ヤソタケル)(多くの族長)に、御馳走を出すよう、各々に八十膳夫(ヤソカシハデ)
 (多くの料理人)の兵士を付け、刀を隠し持たせ、歌を合図に、各八十建(ヤソタケル)を
 一斉に斬れ、と命じた。
神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命軍の兵士
 歌を合図に、一斉に刀を抜いて、各担当の土蜘蛛(ツチグモ)(土豪)を討ち殺した。
 【忍坂の大室に、どんなに多勢が居ても、元気満々の久米兵士が、敵を討ってやる】
神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命軍の兵士
 登美能那賀須泥毘古(トミノナガスネビコ)を討つ時に、歌った。
 【元気満々の久米兵士達の粟畑には韮1本、その蒲芽と一緒に、敵を撃ってやる】
 【久米兵士達が、垣本に植えた山椒の辛さを忘れずに、敵を撃ってやる】
 【暴風の伊瀬の海(響灘)の石に這う小巻貝のように、這い回り、敵を撃ってやる】
神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命軍の兵士
 兄師木(エシキ)弟師木(オトシキ)を討つ時、歌った。
 【伊那佐山(大和国宇陀)を防戦しつつ行って腹が減った、鵜飼部よ、助けに来い】
★「伊那佐」 は、出雲(イヅモ)国、伊那佐之小浜(イナサノヲハマ)(稲佐の浜)に由来。
 =出雲(イヅモ)国の大国主(オホクニヌシ)命の勢力が、大和(ヤマト)国に及んだ頃の名残り。
迩芸速日(ニギハヤヒ)命
 神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命が居る、と聞いて、追いかけて来た、と言って、
 天族の印を献上して、仕えた。
 登美能那賀須泥毘古(トミノナガスネビコ)の妹、登美夜毘売(トミヤビメ)を娶り、生んだ子
 は、宇麻志麻遅(ウマシマヂ)命物部(モノベ)連穂積(ホヅミ)臣(ウネ)臣 の祖先。
★迩芸速日(ニギハヤヒ)命は、葦原中(アシハラナカ)国平定(1)で派遣されたものの、
 復命しなかった天之菩卑(アメノホヒ)神の子孫。

神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命
 上記のように平定し、畝傍之橿原(ウネビノカシハラ)宮(大和国高市)で、天下を治めた。

神倭伊波礼毘古命の子孫
神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命【御子:5(皇子5)
◆竺紫日向(チクシヒナタ)(筑紫国早良)の阿多(アタ)小椅(ヲバシ)君の妹、
 正室、阿比良比売(アヒラヒメ)との子 2人。
 1.当芸志美美(タギシミミ)命
 2.岐須美美(キスミミ)命
★上記平定後、上記妻子を、畝傍之橿原(ウネビノカシハラ)宮(大和国高市)に連れて来た。
大久米(オホクメ)命
 神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命が、阿比良比売(アヒラヒメ)以外に、皇后にする美
 人を求めたので、神御子という乙女を紹介し、神御子の訳を、次のように言った。
 三島湟咋(ミシマミゾクヒ)の娘の勢夜陀多良比売(セヤダタラヒメ)は、容姿が美しいため、
 三輪の大物主(オホモノヌシ)神(大年神)が、一目惚れし、丹塗りの矢に化けて、
 厠の溝から、大便をしようとしているその美人の陰部を突くと、
 その美人は、驚いて慌て、その矢を持って床の傍に置くと、矢は立派な男に戻り、
 その大物主(オホモノヌシ)神(大年神)が、その勢夜陀多良比売(セヤダタラヒメ)を娶り、
 美しい乙女=神御子を生んだ。
 名を、冨登多多良伊須須岐比売(ホトタタライススキヒメ)命というが、「冨登(ホト)」 を嫌い、
 後に、名を改めて、比売多多良伊須気余理比売(ヒメタタライスケヨリヒメ)という。
大久米(オホクメ)命
 高佐士野(タカサジノ)(大和国山辺)7人の乙女の野遊びに居た、比売多多良伊須気
 余理比売(ヒメタタライスケヨリヒメ)を見て、神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)天皇に、歌った。
 【大和(ヤマト)の高佐士野(タカサジノ)を、7人で行く乙女達の、誰を妻にしますか】
神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命
 先頭に居た、比売多多良伊須気余理比売(ヒメタタライスケヨリヒメ)に心を留め、歌った。
 【早く、先頭の年上の乙女を、妻にしよう】
比売多多良伊須気余理比売(ヒメタタライスケヨリヒメ)
 神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)天皇の命令で、大久米(オホクメ)命に語りかけられ、
 その大久米(オホクメ)命の鋭い目を見て、不思議に思って、歌った。
 【鶺鴒(セキレイ)千鳥(チドリ)鵐(ホオジロ)のように、何故、鋭い目にしているのか】
大久米(オホクメ)命
 上記歌に答えて、歌った。
 【乙女に、直に会いたいと思い、私は、鋭い目にしている】
比売多多良伊須気余理比売(ヒメタタライスケヨリヒメ)
 自分は、神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)天皇に仕えるつもり、と言った。
神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命
 狭井(サイ)川(大和国三輪川)の川上の比売多多良伊須気余理比売(ヒメタタライスケヨリヒメ)
 の家に行き、一夜寝た。
 サイ川というのは、川の傍に、多くの山百合草(元の名はサイ)が生えていたから。
 比売多多良伊須気余理比売(ヒメタタライスケヨリヒメ)が、宮中に参内した時に、歌った。
 【葦原の汚い小屋に、菅畳を、とても清らかに敷いて、私達は、2人寝した】
皇后、比売多多良伊須気余理比売(ヒメタタライスケヨリヒメ)を娶り、生んだ御子 3人。
 1.日子八井(ヒコヤイ)命茨田連(ウマラタムラジ)、手島連(テシマムラジ) の祖先。
 2.神八井耳(カムヤイミミ)命意冨臣(オホオミ)、小子部連(チヒサコベムラジ)、
              坂井部連(サカヒベムラジ)、火(ホ)君、大分(オホキダ)君、
              阿蘇(アソ)君、筑紫三家連(ツクシミヤケムラジ)、
              雀部臣(サザキベオミ)、雀部造(サザキベミヤツコ)、
              小長谷造(ヲハセミヤツコ)、都祁直(ツケアタヘ)、
              伊予国造(イヨクニミヤツコ)、信濃国造(シナノクニミヤツコ)、
              陸奥磐城国造(ミチノクイハキクニミヤツコ)、
              常陸仲国造(ヒタチナカクニミヤツコ)、長狭国造(ナガサクニミヤツコ)、
              伊勢舟木直(イセフナキアタヘ)、尾張丹波臣(ヲハリニハオミ)、
              島田臣(シマタオミ) の祖先。
 3.神沼河耳(カムヌナカハミミ)命天下を治める(2代 綏靖天皇)
当芸志美美(タギシミミ)命(神倭伊波礼毘古天皇と正室の阿比良比売との子)
 神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)天皇の死後、上皇后の比売多多良伊須気余理比売
 (ヒメタタライスケヨリヒメ)を娶り、上皇后の御子3人を殺そう、と謀っていた。
上皇后、比売多多良伊須気余理比売(ヒメタタライスケヨリヒメ)(神倭伊波礼毘古天皇皇后)
 当芸志美美(タギシミミ)命の陰謀を憂い苦しみ、自分の御子達に、歌って知らせた。
 【狭井川(比売多多良伊須気余理比売の御子達)よ、畝傍山(当芸志美美)が、
 風()を出そうとしている】

 【畝傍山(当芸志美美)は、夕方になれば、風()を出すぞ】
神沼河耳(カムヌナカハミミ)命()
 比売多多良伊須気余理比売(ヒメタタライスケヨリヒメ)の御子は、上記歌で、陰謀を知って、
 神八井耳(カムヤイミミ)命()に、当芸志美美(タギシミミ)を殺せ、と言ったが、
 神八井耳(カムヤイミミ)命()は、手足が震え、殺せなかったので、神八井耳(カムヤイミミ)
 命()が持っていた武器をもらい受け、当芸志美美(タギシミミ)を殺した。
 その御名を讃え、建沼河耳(タケヌナカハミミ)命という。
神八井耳(カムヤイミミ)命()
 神沼河耳(カムヌナカハミミ)命()に天皇位を譲り、神職として仕える、と言った。
神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)天皇 (1代 神武天皇)
 御年:137(2倍数)死去。
 御陵:畝傍(ウネビ)山(大和国高市)の北方の橿尾(カシヲ)辺り。


5.3.2 第2代 綏靖天皇 神沼河耳命

神沼河耳命の子孫
神沼河耳(カムヌナカハミミ)命【御子:1(皇子1)
 葛城高岡(カツラギタカオカ)宮(大和国葛城)に居て、天下を治めた。
◆磯城県主(シキアガタヌシ) の祖先、
 正室、河俣毘売(カハマタビメ)を娶り、生んだ御子 1人。
 1.師木津日子玉手見(シキツヒコタマテミ)命天下を治める(3代 安寧天皇)
神沼河耳(カムヌナカハミミ)天皇 (2代 綏靖天皇)
 御年:45(2倍数)死去。
 御陵:衝田崗(ツキタオカ)(大和国高市)


5.3.3 第3代 安寧天皇 師木津日子玉手見命

師木津日子玉手見命の子孫
師木津日子玉手見(シキツヒコタマテミ)命【御子:3(皇子2、皇女1)
 片塩浮穴(カタシオウキアナ)宮(大和国高市)に居て、天下を治めた。
◆河俣毘売(カハマタビメ)の兄、県主(アガタヌシ)波延(ハエ)の娘、
 正室、阿久斗比売(アクトヒメ)を娶り、生んだ御子 3人。
 1.常根津日子伊呂泥(トコネツヒコイロネ)命
 2.大倭日子友(オホヤマトヒコスキトモ)命天下を治める(4代 懿徳天皇)
 3.師木津日子(シキツヒコ)命
上記師木津日子(シキツヒコ)命【子:2人】
 1.孫(ウマゴ)伊賀須知(イガスチ)那婆理(ナバリ)美濃(ミノ)の稲置(イナキ) の祖先。
 2.和知都美(ワチツミ)命=淡路之御井(アハヂノミイ)宮に居て、娘 2人。
  1.蠅伊呂泥(ハヘイロネ)、亦の名:意冨夜麻登久迩阿礼比売(オホヤマトクニアレヒメ)命
  2.蠅伊呂抒(ハヘイロド)
師木津日子玉手見(シキツヒコタマテミ)天皇 (3代 安寧天皇)
 御年:49(2倍数)死去。
 御陵:畝傍(ウネビ)山(大和国高市)の陰。


5.3.4 第4代 懿徳天皇 大倭日子友命

大倭日子友命の子孫
大倭日子友(オホヤマトネコスキトモ)命【御子:2(皇子2)
 軽之境岡(カルノサカヒオカ)宮(大和国高市)に居て、天下を治めた。
◆師木県主(シキアガタヌシ) の祖先、
 正室、賦登麻和訶比売(フトマワカヒメ)命、
 亦の名:飯日比売(イヒヒヒメ)命を娶り、生んだ御子 2人。
 1.御真津日子訶恵志泥(ミマツヒコカエシネ)命天下を治める(5代 孝昭天皇)
 2.多芸志比古(タギシヒコ)命茅渟(チヌ)の別(ワケ)、但馬(タジマ)の竹別(タケワケ)、
               葦井(アシイ)の稲置(イナキ) の祖先。
大倭日子友(オホヤマトネコスキトモ)天皇 (4代 懿徳天皇)
 御年:45(2倍数)死去。
 御陵:畝傍(ウネビ)山(大和国高市)の真名子(マナコ)谷辺り。


5.3.5 第5代 孝昭天皇 御真津日子訶恵志泥命

御真津日子訶恵志泥命の子孫
御真津日子訶恵志泥(ミマツヒコカエシネ)命【御子:2(皇子2)
 葛城掖上(カツラギワキガミ)宮(大和国葛城)に居て、天下を治めた。
◆尾張連(ヲハリムラジ) の祖先、奥津余曽(オキツヨソ)の妹、
 正室、余曽多本毘売(ヨソタホビメ)を娶り、生んだ御子 2人。
 1.天押帯日子(アメオシタラシヒコ)命春日臣(カスガオミ)、大宅臣(オホヤケオミ)、
                粟田臣(アハタオミ)、小野臣(ヲノオミ)、柿本臣(カキモトオミ)、
                壱比韋臣(イチヒイオミ)、大坂臣(オホサカオミ)、
                阿那臣(アナオミ)、多紀臣(タキオミ)、羽栗臣(ハクリオミ)、
                知多臣(チタオミ)、牟耶臣(ムヤオミ)、壱師(イチシ)君、
                都怒山臣(ツノヤマオミ)、伊勢飯高(イセイヒタカ)君、
                近淡海国造(チカツアフミクニミヤツコ) の祖先。
 2.大倭帯日子国押人(オホヤマトタラシヒコクニオシヒト)命天下を治める(6代 孝安天皇)
御真津日子訶恵志泥(ミマツヒコカエシネ)天皇 (5代 孝昭天皇)
 御年:93(2倍数)死去。
 御陵:掖上博多(ワキガミハカタ)山(大和国葛城)辺り。


5.3.6 第6代 孝安天皇 大倭帯日子国押人命

大倭帯日子国押人命の子孫
大倭帯日子国押人(オホヤマトタラシヒコクニオシヒト)命【御子:2(皇子2)
 葛城室之秋津島(カツラギムロノアキツシマ)宮(大和国葛城)に居て、天下を治めた。
正室、姪の忍鹿比売(オシカヒメ)命を娶り、生んだ御子 2人。
 1.大吉備諸進(オホキビモロススミ)命
 2.大倭根子日子賦斗迩(オホヤマトネコヒコフトニ)命天下を治める(7代 孝霊天皇)
大倭帯日子国押人(オホヤマトタラシヒコクニオシヒト)天皇 (6代 孝安天皇)
 御年:123(2倍数)死去。
 御陵:玉手岡(タマテオカ)(大和国葛城)辺り。


5.3.7 第7代 孝霊天皇 大倭根子日子賦斗迩命

大倭根子日子賦斗迩命の子孫
大倭根子日子賦斗迩(オホヤマトネコヒコフトニ)命【御子:8(皇子5、皇女3)
 黒田廬戸(クロタイオト)宮(大和国城上)に居て、天下を治めた。
◆十市県主(トイチアガタヌシ) の祖先、大目(オホメ)の娘、
 正室、細比売(ホソヒメ)命を娶り、生んだ御子 1人。
 1.大倭根子日子国玖琉(オホヤマトネコヒコクニクル)命天下を治める(8代 孝元天皇)
側室、春日(カスガ)の千千速真若比売(チチハヤマワカヒメ)を娶り、生んだ御子 1人。
 1.千千速比売(チチハヤヒメ)
側室、意冨夜麻登玖迩阿礼比売(オホヤマトクニアレヒメ)命を娶り、生んだ御子 4人。
 1.夜麻登登母母曽毘売(ヤマトトモモソビメ)命
 2.日子刺肩別(ヒコサシカタワケ)命越之利波臣(コシノトナミオミ)、国前臣(クニサキオミ)、
               五百原(イホハラ)君、角鹿海直(ツヌガアマアタヘ) の祖先。
 3.比古伊佐勢理毘古(ヒコイサセリビコ)命
    亦の名:大吉備津日子(オホキビツヒコ)命吉備上道臣(キビカミミチオミ) の祖先。
 4.倭飛羽矢若屋比売(ヤマトトビハヤワカヤヒメ)
◆意冨夜麻登玖迩阿礼比売(オホヤマトクニアレヒメ)命の妹、
 側室、蠅伊呂抒(ハヘイロド)を娶り、生んだ御子 2人。
 1.日子寤間(ヒコサメマ)命播磨牛鹿臣(ハリマウシカオミ) の祖先。
 2.若日子建吉備津日子(ワカヒコタケキビツヒコ)命
    吉備下道臣(キビシモミチオミ)、笠臣(カサオミ) の祖先。
上記大吉備津日子(オホキビツヒコ)命若日子建吉備津日子(ワカヒコタケキビツヒコ)命
 播磨(ハリマ)国を入口として、吉備(キビ)国を従わせ、平定した。
大倭根子日子賦斗迩(オホヤマトネコヒコフトニ)天皇 (7代 孝霊天皇)
 御年:106(2倍数)死去。
 御陵:片岡馬(カタオカマ)坂(大和国葛城)辺り。


5.3.8 第8代 孝元天皇 大倭根子日子国玖琉命

大倭根子日子国玖琉命の子孫
大倭根子日子国玖琉(オホヤマトネコヒコクニクル)命【御子:5(皇子5)
 軽之境原(カルノサカヒハラ)宮(大和国高市)に居て、天下を治めた。
◆穂積臣(ホツミオミ) の祖先、内色許男(ウチシコヲ)命の妹、
 正室、内色許売(ウチシコメ)を娶り、生んだ御子 3人。
 1.大毘古(オホビコ)命
 2.少名日子建猪心(スクナヒコタケイココロ)命
 3.若倭根子日子大毘毘(ワカヤマトネコヒコオホビビ)命天下を治める(9代 開化天皇)
◆内色許男(ウチシコヲ)命の娘、
 側室、伊迦賀色許売(イカガシコメ)命を娶り、生んだ御子 1人。
 1.比古布都押之信(ヒコフツオシノマコト)命
◆河内青玉(カハチアヲタマ)の娘、
 側室、波迩夜須毘売(ハニヤスビメ)を娶り、生んだ御子 1人。
 1.建波迩夜須毘古(タケハニヤスビコ)命
上記大毘古(オホビコ)命【子:2人】
 1.建沼河別(タケヌナカハワケ)命阿部臣(アベオミ) の祖先。
 2.比古伊那許士別(ヒコイナコシワケ)命膳臣(カシハデオミ) の祖先。
上記比古布都押之信(ヒコフツオシノマコト)命【子:2人】
◆尾張連(ヲハリムラジ) の祖先、意冨那毘(オホナビ)の妹、
 正室、葛城(カツラギ)の高千那毘売(タカチナビメ)を娶り、生んだ子 1人。
 1.味師内宿祢(ウマシウチスクネ)山背内臣(ヤマシロウチオミ) の祖先。
◆木国造(キクニミヤツコ) の祖先、宇豆比古(ウヅヒコ)の妹、
 側室、山下影日売(ヤマシモカゲヒメ)を娶り、生んだ子 1人。
 1.建内宿祢(タケウチスクネ)
上記建内宿祢(タケウチスクネ)【子:9(7、女2)
 1.波多八代宿祢(ハタヤシロスクネ)波多臣(ハタオミ)、林臣(ハヤシオミ)、
               波美臣(ハミオミ)、星川臣(ホシカハオミ)、
               淡海臣(アフミオミ)、長谷部(ハセベ)君 の祖先。
 2.許勢小柄宿祢(コセヲカラスクネ)巨勢臣(コセオミ)、雀部臣(サザキベオミ)、
               軽部臣(カルベオミ) の祖先。
 3.蘇賀石河宿祢(ソガイシカハスクネ)蘇我臣(ソガオミ)、川辺臣(カハヘオミ)、
                田中臣(タナカオミ)、高向臣(タカムクオミ)、
                小治田臣(ヲハリダオミ)、桜井臣(サクライオミ)、
                岸田臣(キシタオミ) の祖先。
 4.平群都久宿祢(ヘグリツクスクネ) 平群臣(ヘグリオミ)、佐和良臣(サワラオミ)、
                  馬御杭連(ウマミクヒムラジ) の祖先。
 5.木角宿祢(キツノスクネ)木臣(キオミ)、都奴臣(ツヌオミ)、坂本臣(サカモトオミ) の祖先。
 6.久米能摩伊刀比売(クメノマイトヒメ)
 7.怒能伊呂比売(ノノイロヒメ)
 8.葛城長江曽都毘古(カツラギナガエソツビコ)玉手臣(タマテオミ)、的臣(イクハオミ)、生江臣
                    (イクエオミ)、阿芸那臣(アギナオミ) の祖先。
 9.若子宿祢(ワクゴスクネ)江野財臣(エノタカラオミ) の祖先。
大倭根子日子国玖琉(オホヤマトネコヒコクニクル)天皇 (8代 孝元天皇)
 御年:57(2倍数)死去。
 御陵:剣(ツルギ)池の中崗(ナカオカ)(大和国高市)辺り。


5.3.9 第9代 開化天皇 若倭根子日子大毘毘命

若倭根子日子大毘毘命の子孫
若倭根子日子大毘毘(ワカヤマトネコヒコオホビビ)命【御子:5(皇子4、皇女1)
 春日之伊耶川(カスガノイヤカハ)宮(大和国添上春日)に居て、天下を治めた。
◆丹波(タニハ)の大県主(オホアガタヌシ)、由碁理(ユゴリ)の娘、
 正室、竹野比売(タケノヒメ)を娶り、生んだ御子 1人。
 1.比古由牟須美(ヒコユムスミ)命
側室、継母の伊迦賀色許売(イカガシコメ)命を娶り、生んだ御子 2人。
 1.御真木入日子印恵(ミマキイリヒコイニエ)命天下を治める(10代 崇神天皇)
 2.御真津比売(ミマツヒメ)命
◆和迩臣(ワニオミ) の祖先、日子国意祁都(ヒコクニオケツ)命の妹、
 側室、意祁都比売(オケツヒメ)命を娶り、生んだ御子 1人。
 1.日子坐(ヒコイマス)皇子
◆葛城(カツラギ)の垂見宿祢(タルミスクネ)の娘、
 側室、差羽比売(サシバヒメ)を娶り、生んだ御子 1人。
 1.建豊波豆羅和気(タケトヨハヅラワケ)皇子道守臣(チモリオミ)、
                   忍海部造(オシヌミベミヤツコ)、
                   御名部造(ミナベミヤツコ)、
                   因幡忍部(イナバオシベ)、
                   丹波之竹野別(タニハノタケノワケ)、
                   依網之阿毘古(ヨサミノアビコ) の祖先。
上記比古由牟須美(ヒコユムスミ)命【子:2(その2人の娘は、5)
 1.大筒木垂根(オホツツキタリネ)皇子
 2.讃岐垂根(サヌキタリネ)皇子
上記日子坐(ヒコイマス)皇子【子:15(皇子12、皇女3)
正室、山背(ヤマシロ)の荏名津比売(エナツヒメ)、
 亦の名:苅幡戸弁(カリハタトベ)を娶り、生んだ子 3人。
 1.大俣(オホマタ)皇子
 2.小俣(ヲマタ)皇子当麻勾(タイママガリ)君 の祖先。
 3.志夫美宿祢(ジブミスクネ)皇子佐佐(ササ)君 の祖先。
◆春日建国勝戸売(カスガタケクニカツトメ)の娘、
 側室、沙本(サホ)の大闇見戸売(オホクラミトメ)を娶り、生んだ子 4人。
 1.沙本毘古(サホビコ)皇子日下部連(クサカベムラジ)、甲斐国造(カヒクニミヤツコ) の祖先。
 2.袁耶本(ヲヤホ)皇子葛野之別(カヅノノワケ)、
                近淡海蚊野之別(チカツアフミカノノワケ) の祖先。
 3.沙本毘売(サホビメ)命、亦の名:佐波遅比売(サハヂヒメ)
    下記伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇(垂仁天皇)皇后になった。
 4.室毘古(ムロビコ)皇子若狭之耳別(ワカサノミミワケ) の祖先。
◆近淡海(チカツアフミ)(近江)国の御上祝(ミカミハフリ)の人が祀る天之御影(アメノミカゲ)神の
 娘、側室、息長水依比売(オキナガミヅヨリヒメ)を娶り、生んだ子 5人。
 1.丹波比古多多須美知能宇斯(タニハヒコタタスミチノウシ)皇子
 2.水穂(ミヅホ)の真若(マワカ)皇子近淡海之安直(チカツアフミノヤスアタヘ) の祖先。
 3.神大根(カムオホネ)皇子、亦の名:八瓜入日子(ヤツメイリヒコ)皇子
    美濃(ミノ)国の本巣国造(モトスクニミヤツコ)、長幡部連(ナガハタベムラジ) の祖先。
 4.水穂(ミヅホ)五百依比売(イホヨリヒメ)
 5.御井津比売(ミイツヒメ)
◆母(意祁都比売命)の妹、
 側室、袁祁都比売(ヲケツヒメ)命を娶り、生んだ子 3人。
 1.山背(ヤマシロ)の大筒木真若(オホツツキマワカ)皇子吉備品遅(キビホムヂ)君、
                       播磨阿宗(ハリマアソ)君 の祖先。
 2.比古意須(ヒコオス)皇子
 3.伊理泥(イリネ)皇子
上記大俣(オホマタ)皇子【子:2人】
 1.曙立(アケタツ)皇子伊勢之品遅部(イセノホムヂベ)、
             伊勢之佐那造(イセノサナミヤツコ) の祖先。
 2.菟上(ウナカミ)皇子比売陀(ヒメダ)君 の祖先。
上記丹波比古多多須美知能宇斯(タニハヒコタタスミチノウシ)皇子【子:4人】
正室、丹波(タニハ)の川上の摩須郎女(マスイラツメ)を娶り、生んだ子 4人。
 1.比婆須比売(ヒバスヒメ)命
 2.真砥野比売(マトノヒメ)命
 3.弟比売(オトヒメ)命
 4.朝遅別(アサヂワケ)皇子三河之穂別(ミカハノホワケ) の祖先。
上記山背(ヤマシロ)の大筒木真若(オホツツキマワカ)皇子【子:5人】
◆同母(袁祁都比売命)の弟の上記伊理泥(イリネ)皇子の娘、
 正室、丹波(タニハ)の阿治佐波毘売(アヂサハビメ)を娶り、生んだ子 1人。
 1.迦迩米雷(カニメイカヅチ)皇子
◆丹波(タニハ)の遠津臣(トヲツオミ)の娘、
 側室、高桟比売(タカキヒメ)を娶り、生んだ子 1人。
 1.息長宿祢(オキナガスクネ)皇子
側室、葛城(カツラギ)の高額比売(タカヌカヒメ)を娶り、生んだ子 3人。
 1.息長帯比売(オキナガタラシヒメ)命
 2.虚空津比売(ソラツヒメ)命
 3.息長日子(オキナガヒコ)皇子
上記息長宿祢(オキナガスクネ)皇子【子:1人】
正室、河俣稲依毘売(カハマタイナヨリビメ)を娶り、生んだ子 1人。
 1.大多牟坂(オホタムサカ)皇子但馬国造(タヂマクニミヤツコ) の祖先。
若倭根子日子大毘毘(ワカヤマトネコヒコオホビビ)天皇 (9代 開化天皇)
 御年:63(2倍数)死去。
 御陵:伊耶(イヤ)川(大和国添上)の坂辺り。


5.3.10 第10代 崇神天皇 御真木入日子印恵命

御真木入日子印恵命の御子と治世
御真木入日子印恵(ミマキイリヒコイニエ)命【御子:12(皇子7、皇女5)
 磯城水垣(シキミヅカキ)宮(大和国城上)に居て、天下を治めた。
◆木国造(キクニミヤツコ)の荒河刀弁(アラカハトベ)の娘、
 正室、遠津年魚目目微比売(トホツアユメマクハシヒメ)を娶り、生んだ御子 2人。
 1.豊木入日子(トヨキイリヒコ)命上毛野(カミツケノ)君、下毛野(シモツケノ)君 の祖先。
 2.入日売(トヨスキイリヒメ)命伊勢(イセ)大神(天照大御神)(伊勢神宮)を祀る。
◆尾張連(ヲハリムラジ) の祖先、
 側室、意冨阿麻比売(オホアマヒメ)を娶り、生んだ御子 4人。
 1.大入杵(オホイリキ)命能登臣(ノトオミ) の祖先。
 2.八坂之入日子(ヤサカノイリヒコ)命
 3.沼名木之入日売(ヌナキノイリヒメ)命
 4.十市之入日売(トヲチノイリヒメ)命
◆大毘古(オホビコ)命の娘、
 側室、御真津比売(ミマツヒメ)命を娶り、生んだ御子 6人。
 1.伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)命天下を治める(11代 垂仁天皇)
 2.伊耶能真若(イヤノマワカ)命
 3.国片比売(クニカタヒメ)命
 4.千千都久和比売(チチツクワヒメ)命
 5.伊賀比売(イガヒメ)命
 6.倭日子(ヤマトヒコ)命初めて、陵墓に人柱を立てた。

意冨多多泥古、大物主大神の祟りを鎮める
御真木入日子印恵(ミマキイリヒコイニエ)天皇
 疫病が大流行し、人民が死に絶えそうになり、憂いて、神託を受ける床に居る時、
 夢の中に現れた大物主(オホモノヌシ)大神(大年神)が、意冨多多泥古(オホタタネコ)という
 者に、御諸(ミモロ)山(大和国城上大神三輪山)を祀らせば、疫病の祟りは鎮まる、
 と言った。
 意冨多多泥古(オホタタネコ)は、河内(カハチ)国の美努(ミノ)村(河内国若江)で見つかった。
意冨多多泥古(オホタタネコ)神(ミワ)君、鴨(カモ)君 の祖先。
 大物主(オホモノヌシ)大神(大年神)が、陶津耳(スエツミミ)命の娘、活玉依毘売(イクタマヨリビメ)
 を娶り、生んだ子の櫛御方(クシミカタ)命の子、飯肩須見(イヒカタスミ)命の子、
 建甕𣟧(タケミカヒシ)命の子で、意冨多多泥古(オホタタネコ)という、と言った。
御真木入日子印恵(ミマキイリヒコイニエ)天皇
 大変喜び、天下は平穏になり、人民は栄えるであろう、と語った。
 意冨多多泥古(オホタタネコ)命を神主とし、御諸(ミモロ)山(大和国城上大神三輪山)麓に、
 天神地祇(アメカミクニカミ)を追祀して、大物主(オホモノヌシ)大神(大年神)の祟りを鎮めた。
 伊迦賀色許男(イカガシコヲ)命に、天之八十毘羅訶(アメノヤソビラカ)(多くの器)を作らせ、
 宇陀墨坂(ウダスミサカ)神に、赤色の楯矛(タテホコ)を奉げ、大坂(オホサカ)神に、墨色の楯矛
 (タテホコ)を奉げ、坂之御尾(サカノミヲ)神河瀬(カハセ)神に、幣帛(ミテグラ)(供物)を奉げた。
 死の気配が止み、国は平穏になった。
 上記意冨多多泥古(オホタタネコ)を、神の子孫と知った訳は、次の通り。
 上記活玉依毘売(イクタマヨリビメ)は、大変美しく、立派な姿の男と結婚して、身籠った。
 活玉依毘売(イクタマヨリビメ)の父母、陶津耳(スエツミミ)命夫妻は、
 娘が身籠った事を、夫がいないのにどういう訳か、と娘に尋ねると、娘は、
 名前を知らない立派な男が、通って来て、共に住んでいる間に身籠った、と言った。
 娘の父母は、男の素性を知ろうと、糸を通した針を男の着物に刺せ、と娘に教えた。
 教え通りにすると、戸の鍵穴から出た麻糸は、翌朝、糸巻きに三輪(ミワ)残っていた。
 活玉依毘売(イクタマヨリビメ)が、その糸を辿って行くと、美和(ミワ)山(三輪山)に至り、
 神社で留まっていたので、その男は、その神社の祭神の子孫であることを知った。
 麻糸の糸巻きに、三輪(ミワ)残っていたことから、その地を美和(ミワ)という。
 三輪(ミワ)山(御諸山)麓の神社に、大物主(オホモノヌシ)大神(大年神)子孫が居る。

大毘古命建沼河別命による北東平定
御真木入日子印恵(ミマキイリヒコイニエ)天皇
 大毘古(オホビコ)命を、越(コシ)国(北陸道)に遣わし、大毘古(オホビコ)命の子の建沼河
 別(タケヌナカハワケ)命を、東方12(東海道東山道方面)に遣わして、その方面を平定。
 日子坐(ヒコイマス)皇子を丹波(タニハ)国に遣わし、玖賀耳之御笠(クガミミノミカサ)を討った。
山背(ヤマシロ)の乙女
 越(コシ)国に下って行く大毘古(オホビコ)命に、幣羅(ヘラ)坂(山背国相楽)で歌った。
 【御真木入日子印恵(ミマキイリヒコイニエ)天皇の命が、狙われていることを、知らないで】
大毘古(オホビコ)命
 馬を取って返し、山背(ヤマシロ)の乙女が言った言葉は、どういう意味か、と尋ねると、
 その乙女は、言ったのではなく歌っただけ、と答えて、姿を消してしまったので、
 都(大和国城上)に戻り、御真木入日子印恵(ミマキイリヒコイニエ)天皇に、このことを奏上。
御真木入日子印恵(ミマキイリヒコイニエ)天皇
 これは、山背(ヤマシロ)国に赴任した、あなたの異母兄の建波迩安(タケハニヤス)皇子が、
 叛逆心を起こした印に違いない。
 大毘古(オホビコ)命よ、軍勢を整え、建波迩安(タケハニヤス)皇子の討伐に向かえ、と答え
 て、和迩臣(ワニオミ) の祖先、日子国夫玖(ヒコクニブク)命を付けて、遣わした。
大毘古(オホビコ)命日子国夫玖(ヒコクニブク)命
 山背(ヤマシロ)の和訶羅(ワカラ)川(木津川)に来た時、敵方の建波迩安(タケハニヤス)皇子が、
 軍勢を整え行く手を遮っていたので、川を挟んで対峙し、互いに戦を仕掛けた。
 その地を伊杼美(イドミ)といい、今、伊豆美(イヅミ)という。
 日子国夫玖(ヒコクニブク)命が、敵方に、そちらから合戦合図の矢を放て、と求めた。
 敵方の建波迩安(タケハニヤス)皇子が射た矢は、命中しなかったが、
 日子国夫玖(ヒコクニブク)命が射た矢は、敵方の建波迩安(タケハニヤス)皇子に命中して、
 皇子が死んだので、建波迩安(タケハニヤス)皇子の軍勢は、総崩れとなった。
 逃げる建波迩安(タケハニヤス)皇子軍が、久須婆(クスバ)の渡しに着いた時、皆、屎が
  (ハカマ)に掛かったので、その地を屎(クソバカマ)、今は久須婆(クスバ)という。
 逃げる皇子軍を斬った死体が、鵜(ウ)のように川に浮かび、鵜(ウ)川という。
 逃げる皇子軍の兵士を斬り屠ったので、その地を波布理曽能(ハフリソノ)という。
大毘古(オホビコ)命
 都(大和国城上)へ参上して、御真木入日子印恵(ミマキイリヒコイニエ)天皇に復命した後、
 先の平定命令に従い、越(コシ)国(北陸道)に下って行った。
 東方12(東海道東山道方面)に遣わされていた建沼河別(タケヌナカハワケ)命(大毘
 古命の子)と、会津(アヒヅ)(陸奥国)で会ったので、その地を会津(アヒヅ)という。
大毘古(オホビコ)命建沼河別(タケヌナカハワケ)命
 遣わされた国を平定し、これを御真木入日子印恵(ミマキイリヒコイニエ)天皇に復命した。
 天下はたいそう平穏になり、人民は富み栄えた。
御真木入日子印恵(ミマキイリヒコイニエ)天皇
 男の弓矢で得た獲物の税や、女の手で織った織物の税を、初めて、貢納させた。
 灌漑用に、依網(ヨサミ)池を作り、軽之酒折(カルノサカヲリ)池を作った。
 それを讃え、初国(ハツクニ)知らしし(初めて国を治めた)御真木(ミマキ)天皇という。
★越(コシ)国(北陸道)東方12(東海道東山道方面)に拡大し、初めて税を徴収。
御真木入日子印恵(ミマキイリヒコイニエ)天皇 (10代 崇神天皇)
 御年:168(2倍数)戊寅(ツチノエトラ)年12月死去。
 御陵:山辺道勾之岡(ヤマヘミチマガリノオカ)(大和国山辺)辺り。


5.3.11 第11代 垂仁天皇 伊久米伊理毘古伊佐知命

伊久米伊理毘古伊佐知命の御子と治世
伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)命【御子:16(皇子13、皇女3)
 磯城玉垣(シキタマカキ)宮(大和国城上)に居て、天下を治めた。
◆沙本毘古(サホビコ)命の妹、
 正室、佐波遅比売(サハヂヒメ)命(下記沙本毘売命のこと)を娶り、生んだ御子 1人。
 1.本牟智和気(ホムチワケ)命
◆丹波比古多多須美知能宇斯(タニハヒコタタスミチノウシ)皇子の娘、
 側室、氷羽州(比婆須)比売(ヒバスヒメ)命(兄比売命)を娶り、生んだ御子 5人。
 1.印色之入日子(イニシキノイリヒコ)命
    血沼(チヌ)池狭山(サヤマ)池日下之高津(クサカノタカツ)池を作り、
      鳥取之河上(トトリノカハカミ)宮(和泉国日根)で、太刀1振りを作らせて、
      石上(イソノカミ)神宮(大和国山辺石上)に奉納し、河上部(カハカミベ)を定めた。
 2.大帯日子淤斯呂和気(オホタラシヒコオシロワケ)命天下を治める(12代 景行天皇)
    身長:12(309cm)、脚長:41(124cm)
 3.大中津日子(オホナカツヒコ)命山辺之別(ヤマヘノワケ)、三枝之別(サエクサノワケ)、
                 稲木之別(イナキノワケ)、阿太之別(アタノワケ)、
                 尾張(ヲハリ)国の美濃別(ミノワケ)、
                 吉備之石无別(キビノイハナシワケ)、許呂母之別(コロモノワケ)、
                 高巣鹿之別(タカスカノワケ)、飛鳥(アスカ)君、
                 牟礼之別(ムレノワケ) の祖先。
 4.倭比売(ヤマトヒメ)命伊勢(イセ)大神(天照大御神)(伊勢神宮)を祀る。
 5.若木入日子(ワカキイリヒコ)命
◆上記氷羽州(比婆須)比売(ヒバスヒメ)命(兄比売命)の妹、
 側室、沼羽田之入毘売(ヌバタノイリビメ)命(弟比売命)を娶り、生んだ御子 2人。
 1.沼帯別(ヌタラシワケ)命
 2.伊賀帯日子(イガタラシヒコ)命
◆上記沼羽田之入日毘売(ヌバタノイリヒメ)命(弟比売命)の妹、
 側室、阿耶美能伊理毘売(アヤミノイリビメ)命(歌凝比売命)を娶り、生んだ御子 2人。
 1.伊許婆夜和気(イコバヤワケ)命沙本穴太部之別(サホアナホベノワケ) の祖先。
 2.阿耶美都比売(アヤミツヒメ)命稲瀬毘古(イナセビコ)皇子に嫁いだ。
◆大筒木垂根(オホツツキタリネ)皇子の娘、
 側室、迦具夜比売(カグヤヒメ)命を娶り、生んだ御子 1人。
 1.袁耶弁(ヲヤベ)皇子
◆山背大(ヤマシロオホ)国の渕(フチ)の娘、
 側室、苅羽田刀弁(カリハタトベ)を娶り、生んだ御子 3人。
 1.落別(オチワケ)皇子小目山(ヲメヤマ)君、二川之衣(フタカハノコロモ)君 の祖先。
 2.五十日帯日子(イソカタラシヒコ)皇子
    春日山(カスカヤマ)君、越他(コシタ)君、春日部(カスカベ)君 の祖先。
 3.伊登志別(イトシワケ)皇子=子がなかったので、養子として、伊部(イベ)を定めた。
◆山背大(ヤマシロオホ)国の渕(フチ)の娘、
 側室、弟苅羽田刀弁(オトカリハタトベ)を娶り、生んだ御子 2人。
 1.石衝別(イハツクワケ)皇子羽咋(ハクヒ)君、三尾(ミヲ)君 の祖先。
 2.石衝毘売(イハツクビメ)命、亦の名:布多遅能伊理毘売(フタヂノイリビメ)命
    伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)命天皇の孫の倭建(ヤマトタケル)命の后。

皇后の沙本毘売命兄の沙本毘古皇子による反逆
兄の沙本毘古(サホビコ)皇子
 伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇の皇后になった妹、沙本毘売(サホビメ)
 命に、夫の天皇と兄の自分では、どちらが愛しいか、と尋ねると、
 妹の沙本毘売(サホビメ)命は、兄が愛しい、と答えたので、
 兄と妹で天下を治めよう、と言って、縄小刀を妹に授け、伊久米伊理毘古伊佐知
 (イクメイリビコイサチ)天皇が寝ているところを刺し殺せ、と言った。
皇后の沙本毘売(サホビメ)命
 沙本毘売(サホビメ)命の膝枕で寝ていた伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天
 皇の首を刺そうとして、縄小刀を3度振り上げたが、悲しい思いに耐えきれず、
 皇后の泣く涙が、天皇の顔にこぼれ落ちた。
伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇
 驚いて目を覚まし、皇后の沙本毘売(サホビメ)命に、
 変な夢で、佐保(大和国添上)の方から、俄雨が降ってきて、急に私の顔を濡らし、
 錦色の小蛇が私の首に巻きついたが、この夢は何のことであろうか、と尋ねた。
皇后の沙本毘売(サホビメ)命
 争うことができなくなったため、伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇に、
 兄の沙本毘古(サホビコ)皇子に頼まれた上記陰謀を白状した。
 夢の俄雨は、天皇の顔に落ちた自分の涙、錦色の小蛇は、自分が天皇の首を刺そ
 うとして振り上げた縄小刀の縄のことでしょう、と答えた。
伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇
 もう少しで騙されるところであった、と語り、沙本毘古(サホビコ)皇子を討伐する
 軍勢を整え、沙本毘古(サホビコ)皇子の稲城(イナキ)に進撃した。
皇后の沙本毘売(サホビメ)命
 兄の沙本毘古(サホビコ)皇子の迎えを待たずに、磯城玉垣(シキタマカキ)宮(大和国城上)
 の裏門から逃げ出し、兄の沙本毘古(サホビコ)皇子の稲城(イナキ)の中に入っていた
 が、既に、天皇の御子を身籠っていた。
伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇
 皇后の懐妊と3(2倍数)に及ぶ寵愛を偲び、その軍勢に沙本毘古(サホビコ)皇子
 の稲城(イナキ)を囲ませたまま、攻めなかった。
皇后の沙本毘売(サホビメ)命
 身籠っていた天皇の御子が生まれたので、稲城(イナキ)の外に置いた御子が、天皇
 の御子と思えるなら、天皇に引き取って下さい、と言わせた。
伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇
 皇后の兄の沙本毘古(サホビコ)皇子を恨んではいるが、皇后を取り戻したい気持
 ちがあったので、力が強く敏捷な兵士達を選び、御子を引き取る時、その母君の
 髪や手を掴み、捕らえて引き出せ、と言った。
皇后の沙本毘売(サホビメ)命
 天皇の思いを読んでいて、自分の髪を剃って、その髪で頭を覆い、玉飾りの糸を
 腐らせて、3重に手に巻き、衣を酒で腐らせて、異状が無い衣のように着た。
 このように準備した上で、その御子を抱いて、稲城(イナキ)の外にさし出した。
力が強く敏捷な兵士達
 御子を引き取ると、直ぐ、その母君を掴んだ。
 髪を掴むと、髪は落ち、手を掴むと、玉飾りの糸が切れ、衣を掴むと、衣は破れた。
 天皇には、御子は引き取れたが、母君は捕らえられなかった、と奏上した。
伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇
 悔しさ恨めしさの余り、上記玉飾りを作る人達を憎み、その土地を没収した。
 諺に、土地を得ぬ玉作、という。
伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇
 皇后の沙本毘売(サホビメ)命に、御子の名は、何という、どうやって、育てる、
 私の衣の下帯は、誰が解くのか、と尋ねた。
皇后の沙本毘売(サホビメ)命
 名は、稲城(イナキ)の火中で生まれたので、本牟智和気(ホムチワケ)皇子、という。
 乳母を付け、産湯を使わす大湯坐(オホユエ)若湯坐(ワカユエ)を定めて、育てる。
 天皇の身の回りは、丹波比古多多須美知能宇斯(タニハヒコタタスミチノウシ)皇子の
  兄比売(エヒメ)弟比売(オトヒメ)の皇女に、世話をさせるのが良い、と答えた。
 天皇が、沙本毘古(サホビコ)皇子を殺したため、その兄に従って、殉死。

御子の本牟智和気皇子に、出雲大神の祟り
伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇
 尾張(ヲハリ)の相津(アヒヅ)にある二股杉を二股の小舟に造り、
 大和(ヤマト)の市師(イチシ)池や軽(カル)池に浮かべ、
 前皇后の沙本毘売(サホビメ)命との御子、本牟智和気(ホムチワケ)皇子を
 連れて遊んだが、この御子は、長い鬚が胸元に届くようになるまで、口が利けず、
 ある時、空高く飛ぶ白鳥の鳴き声を聞いて、初めて、片言を言った。
伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇
 その白鳥を追い求めて、山辺之大(ヤマヘノオホタカ)という人を遣わした。
 大和(ヤマト)国木(キ)国播磨(ハリマ)国因幡(イナバ)国丹波(タニハ)国但馬(タ
 ヂマ)国近淡海(チカツアフミ)(近江)美濃(ミノ)国尾張(ヲハリ)国信濃(シナノ)国
 越(コシ)国で追いつき、和那美(ワナミ)(越後国蒲原和納)の水門(ミナト)で捕らえ、
 上京して、献上し、その水門(ミナト)を、和那美(罠網)(ワナミ)の水門(ミナト)という。
 御子の本牟智和気(ホムチワケ)皇子は、その白鳥を見ても、口を利くことはなかった。
伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇
 神殿を修繕し、天皇の宮殿のようにすれば、御子本牟智和気(ホムチワケ)皇子は、口を
 利けるであろう、と夢のお告げがあって、どの神の心かと太占(フトマニ)で占った。
 皇子の口が利けないのは、出雲(イヅモ)大神(大国主神)の心なので、皇子を、出雲
 (イヅモ)大神宮(出雲大社)に参拝させようと、誰かを付き添わせることにした。
 先の占いを受けた曙立(アケタツ)皇子に、出雲(イヅモ)大神(大国主神)を参拝する効
 果があるなら、鷺巣(サギス)池の鷺(サギ)よ、落ちよ、と祈願させると、落ちて死に、
 また、生き返れ、と祈願させると、再び生き返った。
 甜白梼(甘橿)之前(アマカシノサキ)にあった葉広熊白梼(ハヒロクマカシ)(広葉の樫)を、
 祈願で枯らし、また、祈願で生き返らせた。
 曙立(アケタツ)皇子は、倭者師木登美豊朝倉曙立(ヤマトハシキトミトヨアサクラアケタツ)皇子という。
★葦原中(アシハラナカ)国(出雲)の国譲りの時に、大国主(オホクニヌシ)神が出した条件、
 「住み処は、天照(アメテラス)大御神(天照)の御子、天津日継(アメツヒツギ)の天之御巣
 (アメノミス)(宮殿)のように、岩盤に柱を建て、高天原(タカアマハラ)()に見えるように、
 高くしてくれるなら、自害して幽界で静かにする。」 に基づき、神殿を修繕し、天
 皇の宮殿のようにするために、出雲(イヅモ)大神宮(出雲大社)の現況を調査する。
伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇
 曙立(アケタツ)皇子菟上(ウナカミ)皇子を、本牟智和気(ホムチワケ)皇子に付き添わせて、
 出雲(イヅモ)大神宮(出雲大社)へ遣わす時、
 奈良(ナラ)()からの道は、足萎え盲人に会い、
 大坂(オホサカ)(西)からの道もまた、足萎え盲人に会うだろう。
 木(キ)()の道は、縁起が良い道、と占い、途上に、品遅部(ホムヂベ)を定めた。
★都(大和国城上)出雲(イヅモ)大神宮(出雲大社)へ行く道は、次の 3ルート。
 奈良(ナラ)道=山背(ヤマシロ)国丹波(タニハ)国因幡(イナバ)国出雲(イヅモ)国
 大坂(オホサカ)道=河内(カハチ)国播磨(ハリマ)国吉備(キビ)国出雲(イヅモ)国
 木(キ)道=紀伊(キイ)国瀬戸内海長門(ナガト)国日本海出雲(イヅモ)国

御子の本牟智和気(ホムチワケ)皇子
 出雲(イヅモ)大神(大国主神)の参拝を終えて、都(大和国城上)へ帰る時、肥(ヒ)川
 (出雲国斐伊川)の中に、黒木の簀橋(スバシ)を作り、仮宮を青葉山のように設けた。
 出雲国造(イヅモクニミヤツコ) の祖先、岐比佐都美(キヒサツミ)が、食膳を奉げようとした時、
 青葉山のように見えるが山でなく、出雲(イヅモ)の石(イハクマ)の曽(ソ)宮に居る葦
 原色許男(アシハラシコヲ)大神(大国主神)を祀る神主の祭場ではないか、と口を利いた。
 付き添わせていた曙立(アケタツ)皇子菟上(ウナカミ)皇子は、これを聞いて喜んだ。
 御子は、檳榔之長穂(アヂマサノナガホ)宮に居て、早馬使者(ハユマツカヒ)を天皇に出した。
 乙女の肥長比売(ヒナガヒメ)と契ったが、正体は、蛇であったので、恐れて逃げた。
 その肥長比売(ヒナガヒメ)が、海原(日本海)上を照らし、船で追って来たので、恐れ
 をなし、山の鞍部から船越(長門国豊浦)して、都(大和国城上)へ逃げて行った。
★出雲(イヅモ)大神宮(出雲大社)(大和国城上)へ帰るルートは、上記の逆。
御子の本牟智和気(ホムチワケ)皇子
 皇子達(本牟智和気皇子曙立皇子菟上皇子)は、伊久米伊理毘古伊佐知
 (イクメイリビコイサチ)天皇に復命し、出雲(イヅモ)大神(大国主神)を参拝することで、
 口が利けるようになり、都(大和国城上)へ帰参した、と言った。
伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇
 喜んで、菟上(ウナカミ)皇子を出雲(イヅモ)国に返し、神殿を造らせた。
 御子の本牟智和気(ホムチワケ)皇子に因んで、鳥取部(トトリベ)、鳥飼部(トリカヒベ)、
 品遅部(ホムヂベ)、大湯坐(オホユエ)、若湯坐(ワカユエ) を定めた。
★伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇は、大国主(オホクニヌシ)神に、幽界で静か
 にしてもらうため、大国主(オホクニヌシ)神の神殿(出雲大社)を修繕することにした。

丹波美知能宇斯皇子の娘、円野比売命の自殺
伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇
 皇后の沙本毘売(サホビメ)命が言った通り、丹波比古多多須美知能宇斯(タニハヒコタタス
 ミチノウシ)皇子の娘4人の比婆須比売(ヒバスヒメ)命(兄比売命)、弟比売(オトヒメ)命、
 歌凝比売(ウタコリヒメ)命、円(真砥)野比売(マトノヒメ)命を、妃として召し上げ、
 比婆須比売(ヒバスヒメ)命(兄比売命)弟比売(オトヒメ)命歌凝比売(ウタコリヒメ)命 3
 を留め、末妹の円(真砥)野比売(マトノヒメ)命は、醜かったので、親許に送り返した。
(真砥)野比売(マトノヒメ)命
 姉妹の内、醜いという理由で返されたことを恥じ、山背(ヤマシロ)国の相楽(サガラカ)
 に来た時、木の枝に首を吊って死のうとしたため、その地を懸木(サガリキ)といい、
 今は、相楽(サガラカ)という。
 山背(ヤマシロ)国の乙訓(オトクニ)にやって来た時、深い淵に落ちて死んだので、
 その地を堕国(オチクニ)といい、今は、乙訓(オトクニ)という。
★丹波比古多多須美知能宇斯(タニハヒコタタスミチノウシ)皇子の娘は、当初3人であったが、
 ここでは、歌凝比売(ウタコリヒメ)命が加わり、4人になっている。

時じくの香の木の実を求めて、多遅摩毛理を派遣
伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇
 三宅連(ミヤケムラジ) の祖先、多遅摩毛理(タヂマモリ)を、常世(トコヨ)国(四国)に遣わし、
 時じくの香の木の実(時を選ばない香の木の実=不老不死の果実)を求めさせた。
多遅摩毛理(タヂマモリ)
 常世(トコヨ)国(四国)にやって来て、時じくの香の木の実(時を選ばない香の木の
 実=不老不死の果実)を採り、絹織物88本を拾って、帰って来るまでに、
 伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇は、既に、死去していた。
 絹織物44本を皇后に献上し、絹織物44本を天皇の御陵の入口に供え、
 常世(トコヨ)国(四国)の時じくの香の木の実(時を選ばない香の木の実=不老不死
 の果実)を進上した、と言って、泣き叫びながら、死んだ。
 時じくの香の木の実(時を選ばない香の木の実=不老不死の果実)というのは、
 今の橘(蜜柑類)のこと。
★上記は、秦の始皇帝が、蓬莱国の長生不老の霊薬の探索を徐福に命じた話に類似。
伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇 (11代 垂仁天皇)
 御年:153(2倍数)死去。
 御陵:菅原之御立野(スガハラノミタチノ)(大和国添上)中。
比婆須比売(ヒバスヒメ)皇后
 死去した時、石祝()作(イシキツクリ)土師部(ハジベ)を定めた。
 御陵:狭木之寺間(サキノテラマ)陵(大和国添下)


5.3.12 第12代 景行天皇 大帯日子淤斯呂和気天皇

大帯日子淤斯呂和気天皇の御子と治世
大帯日子淤斯呂和気(オホタラシヒコオシロワケ)天皇【御子:21(皇子15、皇女6)
 纒向之日代(マキムクノヒシロ)宮(大和国山辺)に居て、天下を治めた。
◆吉備臣(キビオミ) の祖先、若建吉備津日子(ワカタケキビツヒコ)の娘、
 正室、播磨(ハリマ)の伊那毘能大郎女(イナビノオホイラツメ)を娶り、生んだ御子 5人。
 1.櫛甬別(クシツネワケ)皇子茨田下連(マムタシモムラジ) の祖先。
 2.大碓(オホウス)命守(モリ)君、大田(オホタ)君、島田(シマタ)君 の祖先。
 3.小碓(ヲウス)命、亦の名:倭男具那(ヤマトヲグナ)命
    =倭建(ヤマトタケル)命太子(ヒツギノミコ)東西の従わない者を平定した。
 4.倭根子(ヤマトネコ)命
 5.神櫛(カムクシ)皇子木(キ)国の酒部(サカベ)、阿比古宇陀酒部(アヒコウダサカベ)の祖。
◆八尺入日子(ヤサカイリヒコ)命の娘、
 側室、八坂之入日売(ヤサカノイリヒメ)命を娶り、生んだ御子 4人。
 1.若帯日子(ワカタラシヒコ)命太子(ヒツギノミコ)天下を治める(13代 成務天皇)
 2.五百木之入日子(イホキノイリヒコ)命太子(ヒツギノミコ)。
 3.押別(オシワケ)命
 4.五百木之入日売(イホキノイリヒメ)命
側室の子 2人。
 1.豊戸別(トヨトワケ)皇子
 2.沼代郎女(ヌシロイラツメ)
側室の子 6人。
 1.沼名木郎女(ヌナキイラツメ)
 2.香余理比売(カグヨリヒメ)命
 3.若木之入日子(ワカキノイリヒコ)皇子
 4.吉備之兄日子(キビノエヒコ)皇子
 5.高木比売(タカキヒメ)命
 6.弟比売(オトヒメ)命
側室、日向(ヒムカ)の美波迦斯毘売(ミハカシビメ)を娶り、生んだ御子 1人。
 1.豊国別(トヨクニワケ)皇子日向国造(ヒムカクニミヤツコ) の祖先。
◆播磨(ハリマ)の伊那毘能大郎女(イナビノオホイラツメ)の妹、
 側室、伊那毘能若郎女(イナビノワカイラツメ)を娶り、生んだ御子 2人。
 1.真若(マワカ)皇子
 2.日子人之大兄(ヒコヒトノオホエ)皇子
◆上記小碓(ヲウス)命(倭建命)の曽孫、須売伊呂大中日子(スメイロオホナカツヒコ)皇子の娘、
 側室、訶具漏比売(カグロヒメ)を娶り、生んだ御子 1人。
 1.大枝(オホエ)皇子
大帯日子淤斯呂和気(オホタラシヒコオシロワケ)天皇の御子達
 上記21御子を記し、59御子を記さず、合計80御子の中で、太子(ヒツギノミコ)を負
 う小碓(ヲウス)命(倭建命)若帯日子(ワカタラシヒコ)命五百木之入日子(イホキノイリヒコ)命
 以外の77御子は、赴任国の国造(クニミヤツコ)、和気(ワケ)、稲置(イナキ)、県主(アガタヌシ)。
大帯日子淤斯呂和気(オホタラシヒコオシロワケ)天皇
 美濃国造(ミノクニミヤツコ) の祖先、大根(オホネ)皇子の娘、兄比売(エヒメ)弟比売(オトヒメ)の
 2人の容姿が、麗しいと聞き、呼び寄せようと、御子の大碓(オホウス)命を遣わした。
御子の大碓(オホウス)命
 兄比売(エヒメ)弟比売(オトヒメ) 2人を天皇に召し上げず、自分が娶り、
 他の女を、兄比売(エヒメ)弟比売(オトヒメ)と偽って、天皇に献上した。
大帯日子淤斯呂和気(オホタラシヒコオシロワケ)天皇
 前記他の女の容姿が、普通であったので、謹慎させ、結婚させずに、付き添わせた。
御子の大碓(オホウス)命
正室、兄比売(エヒメ)を娶り、生んだ子 1人。
 1.押黒之兄日子(オシクロノエヒコ)皇子美濃宇泥須和気(ミノウネスワケ) の祖先。
側室、弟比売(オトヒメ)を娶り、生んだ子 1人。
 1.押黒弟日子(オシクロオトヒコ)皇子牟冝都(ムゲツ)君 の祖先。
大帯日子淤斯呂和気(オホタラシヒコオシロワケ)天皇
 田部(タベ)、東之淡水門(アヅマノアハミナト)(安房国)、膳之大伴部(カシハデノオホトモベ)、
 大和屯家(ヤマトミヤケ)を定め、坂手(サカテ)池を作り、その堤に竹を植えた。

小碓命(倭建命)が、熊曽建を討伐 (纒向熊曽)
大帯日子淤斯呂和気(オホタラシヒコオシロワケ)天皇
 小碓(ヲウス)命()に、大碓(オホウス)命()は、何故、朝夕の食事に来ないのか、小碓
 (ヲウス)命()が、兄に願い教え諭せ、と語ったが、5日経っても、兄は、来なかった。
 小碓(ヲウス)命()に、兄に教えてないのか、どのように、お願いしたか、と尋ねた。
御子の小碓(ヲウス)命
 大碓(オホウス)命()には、既にお願いしたが、朝方、兄が厠に入る時を待ち捕らえ、
 兄の手足を引き抜き、蓆(ムシロ)に包み投げ捨てた、と答えた。
大帯日子淤斯呂和気(オホタラシヒコオシロワケ)天皇
 御子の小碓(ヲウス)命の荒々しい思いを恐れて、小碓(ヲウス)命に、西の熊曽(クマソ)国
 の服従しない熊曽建(クマソタケル) 2人を討ち取れ、と言って、軍勢無しで遣わした。
小碓(ヲウス)命
 髪を額で結い、叔母の倭比売(ヤマトヒメ)命の衣裳を着て、懐に剣を入れて行った。
 熊曽建(クマソタケル)の家は、軍勢、三重に囲まれ、部屋の中に熊曽建(クマソタケル)が居た。
 部屋で宴会用に食物を準備している傍を歩いて行き、その宴会日を待っていた。
小碓(ヲウス)命
 宴会日になり、結った髪を垂らし、叔母の倭比売(ヤマトヒメ)命の衣裳を着た童女の
 姿で、女達の中に紛れ込み、宴会の部屋に入った。
熊曽建(クマソタケル)兄弟
 小碓(ヲウス)命が変装した乙女を見染め、自分達の間に座らせ、宴会を盛り上げた。
小碓(ヲウス)命
 耐え切れなくなって、懐から剣を出し、熊曽建(クマソタケル)()の胸に刺し通した時、
 熊曽建(クマソタケル)()=弟建(オトタケル)は、恐れて、逃げ出した。
 弟建(オトタケル)を、部屋の土間に追い詰め、弟建(オトタケル)の尻から、剣を刺し通した。
 自分は、纒向之日代(マキムクノヒシロ)宮(大和国山辺)に居て、大八島(オホヤシマ)国を治め
 る大帯日子淤斯呂和気(オホタラシヒコオシロワケ)天皇の御子、倭男具那(ヤマトヲグナ)皇子(
 碓命)で、服従しない熊曽建(クマソタケル)兄弟を討て、と天皇が、遣わした、と言った。
熊曽建(クマソタケル)()=弟建(オトタケル)
 西には、自分達以外に勇猛な者はいないが、大和(ヤマト)国に、勇猛な男がいたので、
 御名を奉げよう、これからは、倭建(ヤマトタケル)御子、と称するが良い、と言った。
小碓(ヲウス)命倭建(ヤマトタケル)命
 言い終えた熊曽建(クマソタケル)()を、熟れた葱(ネギ)のように、裂いて殺した。
 その時から、御名を讃え、小碓(ヲウス)命を、倭建(ヤマトタケル)命という。

倭建命が、出雲建を討伐 (熊曽出雲纒向)
倭建(ヤマトタケル)命
 都(大和国山辺)への帰還途上、山(ヤマ)神川(カハ)神穴戸(アナト)神(海峡神)を平定
 すると共に、出雲国建(イヅモクニタケル)を殺そうと、偽りの友好関係を結び、
 出雲建(イヅモタケル)と一緒に、肥(ヒ)川(出雲国斐伊川)で水浴びをして、先に上がり、
 出雲建(イヅモタケル)の横刀(タチ)を佩いて、刀を取り替えよう、と言い、倭建(ヤマトタケル)
 命の偽物の木刀を帯刀した出雲建(イヅモタケル)に試合をしよう、と誘い、偽物の刀で
 抜刀することができない出雲建(イヅモタケル)を殺して歌い、上京して復命した。
 【出雲建(イヅモタケル)の太刀は、葛(ツヅラ)を多く巻いていても、刀身の無いのが哀れ】

倭建命が、東方征討 (纒向尾張東国尾張)
大帯日子淤斯呂和気(オホタラシヒコオシロワケ)天皇
 倭建(ヤマトタケル)命に、東方12(東海道東山道方面)の服従しない者を平定せよ、
 と言って、吉備臣(キビオミ) の祖先、御友耳建日子(ミスキトモミミタケヒコ)を付き添わせて、
 遣わす時、倭建(ヤマトタケル)命に、疼木(ヒヒラキ)()のような刃形の長い矛を授けた。
倭建(ヤマトタケル)命
 天皇の命令で出かける時、伊勢(イセ)大御神宮(伊勢神宮)(伊勢国度会)の宮廷を
 礼拝し、そこに居る叔母の倭比売(ヤマトヒメ)命には、
 大帯日子淤斯呂和気(オホタラシヒコオシロワケ)天皇は、私を死んだ者と思っているからか、
 西方の悪者を討って帰ると、今度は、東方12国の悪者の平定に遣わす、と言った。
倭比売(ヤマトヒメ)命
 倭建(ヤマトタケル)命に、草那芸剣(クサナギツルギ)と御袋を授け、火急のことがあったら、
 この袋の口を開けよ、と言った。
★「草那芸剣(クサナギツルギ)」 は、速須佐之男(ハヤスサノヲ)命が、八俣遠呂知(ヤマタヲロチ)の
 尾から取り、天照(アメテラス)大御神(天照)に奉げた、草那芸之大刀(クサナギノタチ)。
倭建(ヤマトタケル)命
 尾張(ヲハリ)国(国府)に着き、尾張国造(ヲハリクニミヤツコ) の祖先、美夜受比売(ミヤズヒメ)の
 家に入って、直に、美夜受比売(ミヤズヒメ)を娶ろうと思ったが、帰りの時でもいいか、
 と思い、結婚する日を決めて東国に出かけ、従わない者を平定した。
 相模(サガミ)国に着いた時、相模国造(サガミクニミヤツコ)に、野中の大沼(相模国足柄)
 住む神は、大変強暴な神、と騙され、その野に入ったところに、火を点けられた。
 騙された、と気がついて、叔母の倭比売(ヤマトヒメ)命から授けられた御袋の口を開け
 ると、火打ち石がその中にあった。
 御刀(草那芸剣)で草を刈り払い、火打ち石で向い火を点け、焼き退けて脱出し、
 相模国造(サガミクニミヤツコ)を切り、焼いたので、焼遺(ヤキステ)(相模国足柄焼津)という。
 そこから、走水(ハシリミヅ)海(相模国御浦)に入られて、上総(カヅサ)国方面に渡る時、
 海峡(浦賀水道)の神が波を起こして、船は進めなかった。
倭建(ヤマトタケル)命の皇后、弟橘比売(オトタチバナヒメ)命
 人身御供として海に入ろう、倭建(ヤマトタケル)命は任務を果たして復命せよ、と言い、
 波の上に、菅畳(スガタタミ)皮畳(カハタタミ)絹畳(キヌタタミ)を幾重も敷いて、降りると、
 荒波は自然に静まり、船は進むことができるようになって、歌った。
 【相模(サガミ)の尾()(相模国足柄、丹沢湖の元)で燃える中、安否を問うた君】
 7日の後、海辺に流れ着いた皇后の御櫛を拾い、御陵を作って、その中に安置した。
倭建(ヤマトタケル)命
 上総(カヅサ)国下総(シモウサ)国常陸(ヒタチ)国下野(シモツケ)国上野(コウヅケ)国
 武蔵(ムサシ)国の順に、従わない蝦夷(エミシ)国神(クニカミ)を平定して帰る時、
 武蔵(ムサシ)国相模(サガミ)国の足柄(アシカラ)の坂下に戻って、食事をしている所に、
 その坂の神が、白鹿に化身してやって来た。
 食べ残した葱(ネギ)の片端で待ち構えて打つと、鹿の目に当たって、打ち殺した。
 坂を登り溜息をつき、投身した皇后を偲んで吾妻(アヅマ)(私の妻)よ、と言ったの
 で、相模(サガミ)国以東を阿豆麻(アヅマ)という。
 相模(サガミ)国甲斐(カヒ)国に行き、酒折(サカヲリ)宮(甲斐国山梨)に居て、歌い、
 【新開地の筑波(ツクバ)を過ぎて、幾夜寝(ネ)たことか】
 続けて、篝火(カガリビ)を焚く老人が、歌った。
 【篝火(カガリビ)を並べて、9夜、10日になる(910)
 その老人を誉め、東国造(アヅマクニミヤツコ)を与えた。

倭建命が、尾張美夜受比売と結婚 (尾張伊吹野)
倭建(ヤマトタケル)命
 甲斐(カヒ)国信濃(シナノ)国に行き、信濃(シナノ)の坂神を従わせ、東山道を尾張(ヲハリ)
 国(国府)に帰り、先日婚約した美夜受比売(ミヤズヒメ)の下(尾張国中島)に入った。
 美夜受比売(ミヤズヒメ)の上着の裾に付いていた月経(サハリノモノ)を見て、歌った。
 【天香山をくの字になって渡る白鳥のような、華奢で細腕の貴方を抱いて寝たい
 とは、思うけれど、貴方の着ている上着の裾に、月が、登ってきたよ】

美夜受比売(ミヤズヒメ)
 上記歌に答えて、歌った。
 【日の御子よ、八方の隅まで治めた我の君よ、年月が経つと君を待ちきれずに、
 私の着ている上着の裾には、月が、登ってきたのでしょう】
倭建(ヤマトタケル)命
 美夜受比売(ミヤズヒメ)と交わり、草那芸剣(クサナギツルギ)を美夜受比売(ミヤズヒメ)の下
 (尾張国中島)に置いて、伊吹野(イブキノ)(美濃国不破)の神を、討ち取りに行った。
 伊吹野(イブキノ)の山神は、素手で討ち取ろう、と語り、その山に登った時、
 牛のような大きさの白い猪が現れた。
 この白い猪は、伊吹野(イブキノ)の山神の使者の化身、帰る時に殺そう、と大声で語
 ったが、白い猪が、山神自身であったため、大氷雨(ヒサメ)が降り、遭難させられた。
 山から下って、玉倉部之清泉(タマクラベノシミヅ)(近江国坂田)に着いて、休憩した時、
 気持ちが落ち着いたので、その清泉(シミヅ)を、居寤清泉(イサメシミヅ)という。

倭建命の死去 (伊吹野当芸野尾張能煩野)
倭建(ヤマトタケル)命
 玉倉部之清泉(タマクラベノシミヅ)(近江国坂田)当芸野(タギノ)(美濃国多芸)辺りに
 着いた時、心は、美夜受比売(ミヤズヒメ)の所へ飛んで行こう、と思っているのに、
 足は歩けず、動きが悪くなった、と語って、その地を当芸(タギ)という。
 当芸(タギ)から少し行って、杖を突き歩いたので、その地を杖衝(ツエツキ)坂という。
 尾津崎(ヲツサキ)(尾張国中島)1本松の元に着き、美夜受比売(ミヤズヒメ)との食事の
 時、その地に置き忘れた草那芸剣(クサナギツルギ)が、そのまま有ったので、歌った。
 【尾張(ヲハリ)の尾津崎(ヲツサキ)の1本松よ、人なら太刀を佩かせ衣を着せてやるのに】
 尾津崎(ヲツサキ)(尾張国中島)三重(ミヘ)村(伊勢国三重)に着いた時、
 足は、三重曲(ミヘマガ)りのように疲れた、と語って、その地を三重(ミヘ)という。
 三重(ミヘ)能煩野(ノボノ)(伊勢国鈴鹿)に着いて、大和(ヤマト)国を偲んで歌った。
 【大和(ヤマト)国は、国中で良い所、青い山並みに囲まれた大和(ヤマト)国は、美しい】
 【命を全うできる人は、平群(ヘグリ)の山の熊樫(クマカシ)の葉を髪飾りに挿した子よ】
 (纒向の)懐かしい我家の方で雲が立上り、こっちに来るよ】
 【乙女(美夜受比売)の寝所に、私が置いた草那芸剣(クサナギツルギ)の太刀よ】
 病状が急変死去。

倭建命は、八尋白智鳥になる (能煩野河内)
倭建(ヤマトタケル)命の后や御子達
 倭建(ヤマトタケル)命死去の早馬使者(ハユマツカヒ)が、天皇に届くと、大和(ヤマト)国に居た
 后や御子達が、能煩野(ノボノ)(伊勢国鈴鹿)に下って来て、その地に御陵を作り、
 その地を這い回り、沈(ナヅ)き田を作り、泣きながら歌った。
 【田んぼの稲の茎に、稲の茎に這い回るつる草】
 倭建(ヤマトタケル)命が、八尋白智鳥(ヤヒロシロチトリ)になり、浜に向けて飛んで行ったので、
 篠(シノ)の荊棧(イバラキ)が足を傷つけても、痛さを忘れ、泣きながら去って、歌った。
 【笹原では、腰まで沈む、空は動かず、足は動かず】
 伊勢(イセ)国の海に浸かって行った時、歌った。
 【海側を行けば、腰まで沈む、河原の笹原か海側かを迷う】
 倭建(ヤマトタケル)命=八尋白智鳥(ヤヒロシロチトリ)が、伊勢(イセ)国の磯に居た時、歌った。
 【浜千鳥、浜を行かず、磯を行く】
 上記4つの歌=倭建(ヤマトタケル)命の葬儀の歌今は、天皇の大御葬儀の歌である。
倭建(ヤマトタケル)命=八尋白智鳥(ヤヒロシロチトリ)
 伊勢(イセ)国河内(カハチ)国志幾(シキ)(河内国志紀)へ飛んで行き、止まったので、
 その地に、倭建(ヤマトタケル)命の御陵を鎮座させ、白鳥(シロトリ)御陵という。
 また、河内(カハチ)国志幾(シキ)(河内国志紀)から、更に天高く飛んで行った。
久米直(クメアタヘ) の祖先、七拳脛(ナナツカハギ)
 倭建(ヤマトタケル)命が東国を平定して、巡った時、膳手(カシハデ)として、仕えていた。

倭建命の子孫
倭建(ヤマトタケル)命【御子:6(皇子6)
◆伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇の娘、
 正室、布多遅能伊理毘売(フタヂノイリビメ)命を娶り、生んだ御子 1人。
 1.帯中津日子(タラシナカツヒコ)命天下を治める(14代 仲哀天皇)
皇后の弟橘比売(オトタチバナヒメ)命を娶り、生んだ御子 1人。
 1.若建(ワカタケル)皇子
◆近淡海之安国造(チカツアフミノヤスクニミヤツコ) の祖先、意冨多牟和気(オホタムワケ)の娘、
 側室、布多遅比売(フタヂヒメ)を娶り、生んだ御子 1人。
 1.稲依別(イナヨリワケ)皇子犬上(イヌカミ)君、建部(タケルベ)君 の祖先。
◆吉備臣(キビオミ)建日子(タケヒコ)の妹、
 側室、大吉備建比売(オホキビタケヒメ)を娶り、生んだ御子 1人。
 1.建見兒(タケミコ)皇子讃岐綾(サヌキアヤ)君、伊勢之別(イセノワケ)、登袁之別(トヲノワケ)、
               麻佐首(マサオビト)、宮首之別(ミヤオビトノワケ) の祖先。
側室、山背(ヤマシロ)の玖玖麻毛理比売(ククマモリヒメ)を娶り、生んだ御子 1人。
 1.足鏡別(アシカガミワケ)皇子鎌倉之別(カマクラノワケ)、小津石代之別(ヲヅイハシロノワケ)、
               漁田之別(イサリタノワケ) の祖先。
側室の子 1人。
 1.息長田別(オキナガタワケ)皇子
上記息長田別(オキナガタワケ)皇子【子:1人】
 1.棧俣長日子(キマタナガヒコ)皇子
上記棧俣長日子(キマタナガヒコ)皇子【子:3人】
 1.飯野真黒比売(イヒノマクロヒメ)命
 2.息長真若中比売(オキナガマワカナカヒメ)
 3.弟比売(オトヒメ)
上記若建(ワカタケル)皇子【子:1人】
正室、飯野真黒比売(イヒノマクロヒメ)を娶り、生んだ子 1人。
 1.須売伊呂大中日子(スメイロオホナカヒコ)皇子
上記須売伊呂大中日子(スメイロオホナカヒコ)皇子【子:1人】
◆淡海(アフミ)の柴野入杵(シバノイリキ)の娘、
 正室、柴野比売(シバノヒメ)を娶り、生んだ御子 1人。
 1.迦具漏比売(カグロヒメ)命
上記迦具漏比売(カグロヒメ)命【子:1人】
◆大帯日子淤斯呂和気(オホタラシヒコオシロワケ)天皇が娶り、生んだ子 1人。
 1.大江(オホエ)皇子
上記大江(オホエ)皇子【子:2人】
正室、異母妹の銀(シロカネ)皇女を娶り、生んだ子 2人。
 1.大名方(オホナカタ)皇子
 2.大中比売(オホナカヒメ)命香坂(カグサカ)皇子、忍熊(オシクマ)皇子の母君。
大帯日子淤斯呂和気(オホタラシヒコオシロワケ)天皇 (12代 景行天皇)
 御年:137(2倍数)死去。
 御陵:山辺之道(ヤマヘノミチ)(大和国山辺)辺り。


5.3.13 第13代 成務天皇 若帯日子天皇

若帯日子天皇の御子と治世
若帯日子(ワカタラシヒコ)天皇【御子:1(皇子1)
 近淡海(チカツアフミ)志賀高穴穂(シガタカアナホ)宮に居て、天下を治めた。
◆穂積臣(ホヅミオミ) の祖先、建忍山垂根(タケオシヤマタリネ)の娘、
 正室、弟財郎女(オトタカライラツメ)を娶り、生んだ御子 1人。
 1.和訶奴気(ワカヌケ)皇子
 建内宿祢(タケウチスクネ)を大臣(オホオミ)にし、大小国の国造(クニミヤツコ)を定め、
 国々の境界や、大県小県の県主(アガタヌシ)を定めた。
若帯日子(ワカタラシヒコ)天皇 (13代 成務天皇)
 御年:95(2倍数)乙卯(キノトウ)年315日死去。
 御陵:狭城之楯列(サキノタタナミ)(河内国志紀)


5.3.14 第14代 仲哀天皇 帯中津日子天皇

帯中津日子天皇の御子
帯中津日子(タラシナカツヒコ)天皇【御子:4(皇子4)
 穴門之豊浦(アナトノトユラ)宮(長門国豊浦)筑紫訶志比(ツクシカシヒ)宮(筑紫国糟屋香椎)
 に居て天下を治め、淡路之屯倉(アハヂノミヤケ)(淡路国)を定めた。
◆大江(オホエ)皇子の娘、
 正室、大中津比売(オホナカツヒメ)命=大中比売(オホナカヒメ)命を娶り、生んだ御子 2人。
 1.香坂(カグサカ)皇子
 2.忍熊(オシクマ)皇子
皇后の息長帯比売(オキナガタラシヒメ)命を娶り、生んだ御子 2人。
 1.品夜和気(ホムヤワケ)命
 2.大鞆和気(オホトモワケ)命、
    亦の名:品陀和気(ホムダワケ)命天下を治める(15代 応神天皇)
    大鞆(オホトモ)というのは、生まれた時、鞆(トモ)の肉のような腕をしていたから。
    息長帯比売(オキナガタラシヒメ)命の腹の中で、国に立ち向かっていた、と分かる。

帯中津日子天皇、熊曽国征討途上の筑紫で死去
帯中津日子(タラシナカツヒコ)天皇
 筑紫之訶志比(ツクシノカシヒ)宮(筑紫国糟屋香椎)に居て、熊曽(クマソ)国を討つために、
 御琴を弾き、建内宿祢(タケウチスクネ)大臣が、神殿の庭に居て、神懸った息長帯日売
 (オキナガタラシヒメ)皇后に神託を求めると、西方の国に珍しい宝が在る、と語ったので、
 高所に登って西方を見たが、国は見えず、唯大海が有るだけで、嘘つきな神である、
 と言い、琴を弾かずに、黙っていた。
★建内宿祢(タケウチスクネ)は、第8代 孝元天皇の孫で、第10代 崇神天皇と同世代である
 が、その第10代 崇神天皇の曾孫(ヒマゴ)の第13代 成務天皇の時に、大臣(オホオミ)に
 なって以来、玄孫(ヤシャゴ)の第14代 仲哀天皇神功皇后その子第15代 応神天皇
 の時迄、大臣(オホオミ)であったので、天皇6世代に亘るような特別な長寿に見えるが、
 この第14代 仲哀天皇神功皇后15代 応神天皇の時の大臣(オホオミ)は、実際は、
 襲名後継者の建内宿祢(タケウチスクネ)大臣に替わっていた。
★下記新羅(シラギ)国は、筑紫之訶志比(ツクシノカシヒ)宮(筑紫国糟屋香椎)の北方に在り、
 西方ではないので、息長帯日売(オキナガタラシヒメ)皇后の神託に、意図的な錯誤がある。
息長帯日売(オキナガタラシヒメ)皇后に憑依した神
 神懸った息長帯日売(オキナガタラシヒメ)皇后が、この天下では、帯中津日子(タラシナカツヒコ)
 天皇は、この国を平定すべきではない、死の国へ向かえ(=死ね)、と語った。
建内宿祢(タケウチスクネ)大臣Ⅱ
 帯中津日子(タラシナカツヒコ)天皇に琴を弾いて下さい、と言うと、天皇は、琴を引き寄せ
 て弾いていたが、長く続かない内に、琴の音が聞こえなくなり、死去していたので、
 驚いて、天皇を殯(モガリ)宮に安置し、国の供え物を集めて、天皇の罪状(馬革生剥
 逆剥畔壊し水路埋め祭場穢し近親相姦馬姦牛姦鶏姦犬姦)を挙げ、大祓
 (オホハラヘ)をし、神殿の庭に居て、息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后に、神託を求めた。
★息長帯日売(オキナガタラシヒメ)皇后は、神懸った自分が発する神託を聞く役に、
 建内宿祢(タケウチスクネ)大臣を選んで、帯中津日子(タラシナカツヒコ)天皇に、神罰(=暗殺)
 を加えるために、建内宿祢(タケウチスクネ)大臣に、協力させた。
息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后に憑依した神
 建内宿祢(タケウチスクネ)大臣が、神託を聞くと、この国は、息長帯日売(オキナガタラシヒメ)
 命の御腹に居る男子の御子が治める国、とのこと。
 神託の大神は、天照(アメテラス)大御神の御心、底箇男(ソココノヲ)中箇男(ナカコノヲ)上箇男
 (カミコノヲ)の3大神。
 西方の国を求めるには、天神地祇(アメカミクニカミ)、山神や川海の神々に、供え物を奉げ、
 天照(アメテラス)大御神の御魂(ミタマ)を船上に鎮座させ、槙(マキ)の灰を瓢(ヒサゴ)に入れ、
 箸と葉の器を沢山作り、大海に散らし浮かべて、西方の国に渡るように、と語った。
★建内宿祢(タケウチスクネ)大臣が聞いた神託は、息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后の胎
 児(帯中津日子天皇の子でなく、建内宿祢大臣の子)が、国を治める、という予言。

息長帯日売命(神功皇后)の韓地遠征と太子誕生
息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后
 神託が、建内宿祢(タケウチスクネ)大臣に教えたように、兵士を整え、船を並べ、
 渡海する時、海原(日本海)の魚が、大小を問わず、御船を背負って、海を渡した。
 追い風が、盛んに吹いて、御船は、波のままに進み、その御船を載せた波は、
 新羅(シラギ)国に押し上がり、国の中に達した。
 恐れた新羅(シラギ)国王は、息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后に、未来の天皇の命令
 に従い、天皇の御馬飼(ミマカヒ)として、毎年、貢物の船を並べて仕えよう、と言った
 ので、新羅(シラギ)国を御馬飼(ミマカヒ)、百済(クタラ)国を外地の屯倉(ミヤケ)、と定めた。
 新羅(シラギ)国王の門に、御杖をつき立て、墨江(スミノエ)大神の荒御魂を国守(クニモリ)
 神として、鎮め祭り、渡海帰還した。
★息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后は、将来生まれる天皇の代行として、
 新羅(シラギ)国百済(クタラ)国を属国とした。
息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后
 身籠っていた御子が生まれる産気を抑えようと、石を腰に巻き、新羅(シラギ)国
 筑紫(ツクシ)国に渡海して、御子が生まれ、その地を宇美(ウミ)(筑紫国糟屋)という。
 腰に巻いた石は、筑紫(ツクシ)国の伊討(イト)村(筑紫国怡土)に在る。
 筑紫末羅県(ツクシマツラアガタ)の玉島(タマシマ)里(肥前国松浦)に着き、その川辺で食事
 をした時は、4月上旬、その川中の磯で、衣裳の糸に飯粒を餌にして、鮎を釣った。
 その川の名は、小川(ヲガハ)といい、その磯の名は、勝門比売(カチドヒメ)という。
 4月上旬に、女人が、衣裳の糸に飯粒を餌にして鮎を釣ることが、今に絶えない。
★息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后は、新羅(シラギ)国筑紫(ツクシ)国に渡海して帰還
 し、宇美(ウミ)(筑紫国糟屋)で御子を産んだ後、玉島(タマシマ)(肥前国松浦)に行くも、
 熊曽(クマソ)国征討には行かず、故帯中津日子(タラシナカツヒコ)天皇の計画を中止。

香坂皇子忍熊皇子による反逆 (難波山背近江)
息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后
 大和(ヤマト)に帰り上る時、人の反逆心が疑わしいので、棺を乗せた喪船を準備し、
 その喪船に御子(太子)を乗せ、太子が死去した、との噂を立てさせた。
香坂(カグサカ)皇子()忍熊(オシクマ)皇子()
 息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后の太子死去の噂を聞いて、上皇后を捕らえよう
 と、兎我野(トガノ)(摂津国西成)に出て、吉凶を占う祈狩(ウケヒガリ)をした。
 香坂(カグサカ)皇子()が櫪(クヌギ)に登ると、大猪がその櫪(クヌギ)を掘り、
 香坂(カグサカ)皇子()を食った。
 忍熊(オシクマ)皇子()は、その様を恐れず、軍勢を整え、喪船を待ち構えて攻撃し、
 難波吉師部(ナニハキシベ) の祖先、伊佐比宿祢(イサヒスクネ)を将軍とした。
息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后の太子
 喪船から軍勢を出し、和迩臣(ワニオミ) の祖先、難波根子建振熊(ナニハネコタケフルクマ)命を
 将軍にして応戦し、忍熊(オシクマ)皇子()軍を追い退けて、山背(ヤマシロ)国迄行き、
 立て直した忍熊(オシクマ)皇子()軍と互いに退かず、戦い合った。
太子軍の難波根子建振熊(ナニハネコタケフルクマ)命将軍
 計略を巡らし、息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后が死去したので、もう戦う
 必要はない、と言わせて、弓の弦を断ち切り、偽りで降伏した。
 すっかり嘘を信じた忍熊(オシクマ)皇子()軍の伊佐比宿祢(イサヒスクネ)将軍が、
 弓から弦をはずし武器を収めたところで、髪の中から予備の弦を取り出し
 張り直して追撃し、逢坂(アフサカ)に退却した忍熊(オシクマ)皇子()軍を敗り、
 沙沙那美(ササナミ)(近江国滋賀)に出て、すべて敵軍を斬った。
忍熊(オシクマ)皇子()伊佐比宿祢(イサヒスクネ)将軍
 追撃され、近淡海(チカツアフミ)(近江国琵琶湖)で船に乗って歌い、海に入り死んだ。
 【吾が君(忍熊皇子)よ、(敵の将軍)難波根子建振熊(ナニハネコタケフルクマ)に、
 痛手を負わせられなくて、近淡海(チカツアフミ)の海(琵琶湖)に潜ろう】

太子後見人、建内宿祢大臣 (近江敦賀)
太子後見人、建内宿祢(タケウチスクネ)大臣Ⅱ
 息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后の太子と禊をしようと、近淡海(チカツアフミ)(近江
 国琵琶湖)若狭(ワカサ)国越前之角鹿(コシサキノツヌガ)(越前国敦賀)の仮宮に居た。
 夢に現れた伊奢沙和気(イザサワケ)大神が、息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后の太子
 の御名を替えたい、と語ったので、神託に従って太子の御名を替える、と言った。
息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后の太子
 伊奢沙和気(イザサワケ)大神が、明朝贈り物をするから、太子は浜に行くよう、
 と語ったので、翌朝、浜に行くと、鼻を傷つけた海豚が、浦内一面に寄って来た。
 大神が食料に大漁の海豚を下さった、と言って、伊奢沙和気(イザサワケ)大神を讃
 え、御食津(ミケツ)大神と名づけ、今では、気比(ケヒ)大神という。
 海豚の鼻血が臭かったので、その浦を血浦(チウラ)といい、今、都奴賀(ツヌガ)という。
★太子の当初の名前、大鞆和気(オホトモワケ)命を、伊奢沙和気(イザサワケ)大神の神託で、
 品陀和気(ホムダワケ)命に替えたのは、景行天皇の孫、品陀真若(ホムダマワカ)皇子の娘
 と結婚することにしたため。
息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后
 太子が都に帰ると、待ち酒を醸造し、太子に大御酒(オホミキ)を献上して、歌った。
 【この御酒は、私が作らず、常世(トコヨ)国(四国)の少名毘古那(スクナビコナ)神が、
 進呈して来た神酒だよ、どうぞ、飲み乾せ】

太子後見人、建内宿祢(タケウチスクネ)大臣Ⅱ
 太子に代って答え、歌った。
 【この神酒を醸した人は、歌い舞いながら醸したかも、この神酒で歌を楽しもう】
★息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后は、太子歓迎のために、太子後見人に酒を提供し、
 太子後見人の建内宿祢(タケウチスクネ)大臣は、太子の代りに、酒と歌を楽しんだ。
帯中津日子(タラシナカツヒコ)天皇 (14代 仲哀天皇)
 御年:52(2倍数)壬戌(ミズノエイヌ)年611日死去。
 御陵:河内恵賀(カハチエガ)の長江(ナガエ)(河内国丹比)
息長帯日売(オキナガタラシヒメ)皇后(神功皇后)
 御年:100(2倍数)死去。
 御陵:狭城楯列(サキタタナミ)陵(河内国志紀)


6.3.15 第15代 応神天皇 品陀和気天皇

品陀和気天皇の御子
品陀和気(ホムダワケ)命【御子:27(皇子13、皇女14)
 軽島之明(カルシマノアキラ)宮(大和国高市)に居て、天下を治めた。
◆品陀真若(ホムダマワカ)皇子の娘、
 正室、高木之入日売(タカキノイリヒメ)命を娶り、生んだ御子 5人。
 1.額田大中日子(ヌカタオホナカヒコ)命
 2.大山守(オホヤマモリ)命土形(ヒヂカタ)君、幣岐(ヘキ)君、榛原(ハリハラ)君 の祖先。
 3.伊奢之真若(イザノマワカ)命
 4.妹大原郎女(イモオホハライラツメ)
 5.高目郎女(コムクイラツメ)
◆品陀真若(ホムダマワカ)皇子の娘、
 側室、中日売(ナカヒメ)命を娶り、生んだ御子 3人。
 1.木之荒田郎女(キノアラタイラツメ)
 2.大雀(オホサザキ)命天下を治める(16代 仁徳天皇)
 3.根鳥(ネトリ)命
◆品陀真若(ホムダマワカ)皇子の娘、
 側室、弟日売(オトヒメ)命を娶り、生んだ御子 4人。
 1.阿倍郎女(アベイラツメ)
 2.阿貝知能三腹郎女(アハチノミハライラツメ)
 3.木之菟野郎女(キノウノイラツメ)
 4.美濃郎女(ミノイラツメ)
 品陀真若(ホムダマワカ)皇子は、五百木之入日子(イホキノイリヒコ)命が、尾張連(ヲハリムラジ)の
 祖先、建伊那陀宿祢(タケイナダスクネ)の娘、志理都紀斗売(シリツキトメ)を娶り、生んだ御子。
◆和迩(ワニ)の比布礼能意冨美(ヒフレノオホミ)の娘、
 側室、宮主矢河枝比売(ミヤヌシヤカハエヒメ)を娶り、生んだ御子 3人。
 1.宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ)
 2.妹八田若郎女(イモヤタワカイラツメ)
 3.女鳥(メトリ)皇子
◆和迩(ワニ)の比布礼能意冨美(ヒフレノオホミ)の娘、
 側室、袁那弁郎女(ヲナベイラツメ)を娶り、生んだ御子 1人。
 1.宇遅之若郎女(ウヂノワカイラツメ)
◆咋毛俣長日子(クヒケマタナガヒコ)皇子の娘、
 側室、息長真若中比売(オキナガマワカナカヒメ)を娶り、生んだ御子 1人。
 1.若沼毛二俣(ワカヌケフタマタ)皇子
◆桜井田部連(サクライタベムラジ) の祖先、島垂根(シマタリネ)の娘、
 側室、糸井比売(イトイヒメ)を娶り、生んだ御子、1人。
 1.速総別(ハヤフサワケ)命
側室、日向(ヒムカ)の泉長比売(イズナガヒメ)を娶り、生んだ御子 3人。
 1.大羽江(オホハエ)皇子
 2.小羽江(ヲハエ)皇子
 3.日之若郎女(ホバシラヒノワカイラツメ)
側室、迦具漏比売(カグロヒメ)を娶り、生んだ御子 5人。
 1.川原田郎女(カハラタイラツメ)
 2.玉郎女(タマイラツメ)
 3.忍坂大中比売(オサカオホナカヒメ)
 4.登冨志郎女(トホシイラツメ)
 5.迦多遅(カタヂ)皇子
側室、葛城(カツラギ)の野伊呂売(ノイロメ)を娶り、生んだ御子 1人。
 1.伊奢能麻和迦(イザノマワカ)皇子
★上記 「伊奢之真若(イザノマワカ)」 と 「伊奢能麻和迦(イザノマワカ)皇子」 とは別人。

3皇子 (大山守命大雀命宇遅能和紀郎子)
品陀和気(ホムダワケ)天皇
 大山守(オホヤマモリ)命大雀(オホサザキ)命に、年上年下の何れが愛しいか、と尋ねた。
 こう尋ねたのは、3皇子の中で、2人より年下の宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ)に、
 天下を治めさせたい気持ちがあったから。
大山守(オホヤマモリ)命
 年上の子が愛しい、と言った。
大雀(オホサザキ)命
 品陀和気(ホムダワケ)天皇の心中を察し、年上の子は、成人しているので、案ずるこ
 ともないが、年下の子は、まだ成人していないので、これが愛しい、と言った。
品陀和気(ホムダワケ)天皇
 佐邪岐阿芸(サザキアギ)(大雀命)の言葉こそ、私が思っていた通り、と語り、
 大山守(オホヤマモリ)命は、山海の祭祀をし、大雀(オホサザキ)命は、国内の政務をせよ、
 宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ)を、天津日継(アメツヒツギ)(皇位継承)にする、と
 3皇子の任務を語った大雀(オホサザキ)命は、天皇の命令に背くことは無かった。

宇遅能和紀郎子の母、矢河枝比売
品陀和気(ホムダワケ)天皇
 近淡海(チカツアフミ)(近江)国に山を越えて行く時、宇遅野(ウヂノ)(山背国宇治)辺り
 に立ち、葛野(カヅノ)(山背国葛野)を遠望して歌った。
 (山背国)葛野を見れば、満ち足りた民の家々も見え、国の住み良い様も見える】
 木幡(コハタ)村(山背国宇治)の道で美しい乙女と出会い、誰の子か、と尋ねると、
 和迩(ワニ)の比布礼能意冨美(ヒフレノオホミ)の娘、宮主矢河枝比売(ミヤヌシヤカハエヒメ)、
 と答えたので、明日、都へ帰る時、乙女(宮主矢河枝比売)の家に入ろう、と語った。
乙女の父、和迩(ワニ)の比布礼能意冨美(ヒフレノオホミ)
 乙女の宮主矢河枝比売(ミヤヌシヤカハエヒメ)から話を聞いて、恐れ多くも、この天皇に仕
 えよ、と答えて、自分の家を飾って待つと、翌日、品陀和気(ホムダワケ)天皇が来た。
乙女の父、和迩(ワニ)の比布礼能意冨美(ヒフレノオホミ)
 宮主矢河枝比売(ミヤヌシヤカハエヒメ)に、品陀和気(ホムダワケ)天皇の酒杯の世話をさせた。
品陀和気(ホムダワケ)天皇
 宮主矢河枝比売(ミヤヌシヤカハエヒメ)に、大酒杯を持たせたままにして、歌った。
 【この蟹(乙女)は、どこの蟹、遠い角鹿(ツヌガ)(敦賀)の蟹、横歩きしてどこへ行く、
 伊知遅(イチヂ)島、美(ミ)島に着き、鳰鳥()が潜り、一息ついて、
 棚田のようなさざなみ路を、私が行くと、木幡(コハタ)の道で逢った乙女の後姿は、
 魅力的で、歯並びは、団栗の粒揃いのよう、
 櫟(クヌギ)の和迩坂(ワニサ)の土の初めの土は赤過ぎて、終わりの土は黒過ぎるから、
 三つ栗のように、中間の土を、黴(カビ)つかせ、直日に当てないよう、
 眉描きを濃く描くよう、出逢った女人にこう願い、私が見初めた子達にこう願い、
 私が見初めた子(貴女)に、夢見心地で、向き合い、寄り添っていることよ】

 このように交わって、生んだ御子が、宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ)。
★上記宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ)への品陀和気(ホムダワケ)天皇の思いが強いのは、
 惚れた宮主矢河枝比売(ミヤヌシヤカハエヒメ)の御子だから。

大雀命の后、髪長比売
大雀(オホサザキ)命
 品陀和気(ホムダワケ)天皇が、日向(ヒムカ)国諸県(モロアガタ)君の娘、髪長比売(カミナガヒメ)
 の容貌が美しいと聞いて、召し上げた時、難波津(ナニハツ)に泊まっている髪長比売
 (カミナガヒメ)を見て心を奪われ、品陀和気(ホムダワケ)天皇に願い出て、髪長比売(カミナガ
 ヒメ)を、下賜されるようにしてくれ、と建内宿祢(タケウチスクネ)大臣に頼んだ。
建内宿祢(タケウチスクネ)大臣Ⅱ
 品陀和気(ホムダワケ)天皇の許可を求めた。
品陀和気(ホムダワケ)天皇
 建内宿祢(タケウチスクネ)大臣から、豊明(トヨアカリ)(宮の祭)の日と聞き、髪長比売(カミ
 ナガヒメ)に、大御酒の柏(カシハ)木の器を持たせ、大雀(オホサザキ)命に下賜して、歌った。
 【太子(大雀命)よ、野蒜(ノビル)摘みに行く道の香ぐわしい花橘(蜜柑類)は、
 上枝は、鳥が居て枯らし、下枝は、人が採って枯らし、
 三つ栗のように、中間の枝の最高の花、美しい乙女を、とりあえず、挿せば良い】

 (天皇の)依網(ヨサミ)池に、囲い杙(クイ)が在るとも知らずに、蓴菜(ジュンサイ)に
 手を伸ばしているとは、私の心は愚かだったと、今になっては悔しい】

大雀(オホサザキ)命
 髪長比売(カミナガヒメ)を下賜されて、歌った。
 【日向(ヒムカ)国の素朴な乙女を、雷のように、聞いていたが、その乙女と枕を並べる】
 【日向(ヒムカ)国の素朴な乙女は、争わず寝たのが、惜しくても、整って美しいと思う】

大雀命への吉野国栖の歌
吉野(ヨシノ)の国栖(クズ)達
 大雀(オホサザキ)命の帯刀を見て、歌った。
 【品陀和気(ホムダワケ)天皇の御子、大雀(オホサザキ)命の太刀は、剣本が、魂の末を示す、
 冬木(品陀和気)の幹の下木(大雀命)が、息づく】

 吉野(ヨシノ)の白梼(カシ)(大和国吉野樫尾)辺りで、横幅の広い横臼を作って、それに
 大御酒を醸(カモ)し、大雀(オホサザキ)命に献上する時、口鼓を打ち、演技して、歌った。
 【樫の木の横臼で釀造した大御酒、旨いから飲みなされ、私達の父(大雀命)よ】
 この歌は、国栖(クズ)達が、貢物を献上する時々に、今に至るまで、いつも歌う歌。

品陀和気天皇の治世
品陀和気(ホムダワケ)天皇
 海部(アマベ)、山部(ヤマベ)、山守部(ヤマモリベ)、伊勢部(イセベ)を定めた。
 釼(ツルギ)池を作った。
 新羅(シラギ)人が、渡来した。
 建内宿祢(タケウチスクネ)大臣引率で、渡之堤(ワタリノツツミ)池に、百済(クタラ)池を作った。
百済(クタラ)国王の照古(ショウコ)王
 阿直史(アチキフヒト) の祖先、阿知吉師(アチキシ)に託して、品陀和気(ホムダワケ)天皇に、
 牡馬1牝馬1横刀(タチ)大鏡を献上した。
 品陀和気(ホムダワケ)天皇に、百済(クタラ)国を科められ、賢人の献上を課されたので、
 論語10千字文1巻と、文首(フミオビト) の祖先の和迩吉師(ワニキシ)と、
 鉄鍛冶の卓素(タクソ)絹織物の機織の西素(サイソ)の職人2人を献上した。
★品陀和気(ホムダワケ)天皇は、属国の百済(クタラ)国、照古(ショウコ)王に、貢物を課した。
仁番(ニホ)、亦の名:須須許理(ススコリ)
 秦造(ハタミヤツコ) の祖先、漢直(アヤアタヘ) の祖先で、酒の醸造を知ってる人として渡来。
 大御酒を醸造して、品陀和気(ホムダワケ)天皇に献上した。
品陀和気(ホムダワケ)天皇
 献上された大御酒に浮かれて、歌った。
 【須須許理(ススコリ)が釀造した御酒、無事を祈る酒、笑い酒に、私は酔ってしまった】
 大坂へ行く時、杖で道の大石を打つと、その石が転がって行ったので、
 諺に、堅石も酔人を避ける、という。

品陀和気天皇死後、兄皇子(大山守命)による反逆
大山守(オホヤマモリ)命
 品陀和気(ホムダワケ)天皇の死去後、遺命に従い、大雀(オホサザキ)命が宇遅能和紀郎子
 (ウヂノワキイラツコ)に天下を譲るのに対し、遺命に背き、宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ)
 を殺して天下を取ろう、とする思いがあって、秘かに軍備した。
大雀(オホサザキ)命
 大山守(オホヤマモリ)命が軍備していると、宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ)に知らせた。
宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ)
 聞いて驚き、兵士を川辺に潜ませ、川の傍の山上に絹布の垣を張り、垂れ幕を立て、
 舎人(トネリ)を宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ)に偽って見せかけて、高い座に座らせ、
 偽りの宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ)を敬って、百官(モモツカサ)が往来するようにし、
 大山守(オホヤマモリ)命が川を渡る時に備えて、渡し船を細工し、
 実葛(サネカヅラ)の根の粘液を船中の簀子(スノコ)に塗り、踏むと倒れるように仕掛け、
 自分は、賤しい人の姿に変装して、舵取りに立った。
大山守(オホヤマモリ)命
 兵士を隠して潜ませ、服の中に鎧を着て、川辺に着いて、船に乗ろうとした時、
 舵取りに変装している宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ)に気付かず、その舵取りに、
 この山に狂暴で大きな猪がいると聞いたが、その猪を獲れるだろうか、と尋ねた。
舵取りに変装した宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ)
 何度も討ち取ろうとしたが、駄目であったので、できないであろう、と答えた。
 船を川中まで渡して来た時、傾けさせ、大山守(オホヤマモリ)命を、水中へ落し入れた。
大山守(オホヤマモリ)命
 まもなく浮き出て来て、水の流れのままに下って行き、流れながら、歌った。
 【宇遅(ウヂ)の渡し(山背国宇治)で、舵取りに早まった人よ、助けに来てはどうか】
 川辺に潜んでいた宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ)の兵士が、一斉に矢を射たので、
 訶和羅之前(カワラノサキ)に至って、沈んだ。
宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ)
 大山守(オホヤマモリ)命の沈んだ所を探ると、鈎が鎧に掛かり、訶和羅(カワラ)と鳴った
 ので、訶和羅之前(カワラノサキ)といい、大山守(オホヤマモリ)命の骨を上げた時に、歌った。
 【千早人(宇遅能和紀郎子)は、宇遅(ウヂ)の渡し(山背国宇治)で、浅瀬に着いて、
 立ち上がり、梓弓の檀(大山守命)を伐り取ろうと思ったが、木元は、君(品陀和気
 天皇)、木末は、妹(八田若郎女)を、悲しく思い出したので、伐り取らずに来たよ】

 大山守(オホヤマモリ)命の骨を、奈良山(大和国添上)に葬った。
大雀(オホサザキ)命宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ)
 皇位を互いに譲り合う間に、海人(アマ)が食料を奉ったが、
 互いに辞退し譲り合う間に、多くの日が経った。
 譲り合いが、1度や2度でなかったので、海人(アマ)は、往来するのに疲れて泣いた。
 諺に、海人(アマ)は、自分の物のために泣く、という。
 宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ)が、早く死去大雀(オホサザキ)命が、天下を治めた。
★大山守(オホヤマモリ)命宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ)の争いで、
 大雀(オホサザキ)命が、漁夫の利を得た。

新羅国王の子、天之日矛の渡来(但馬) (回想)
新羅(シラギ)国王の子、天之日矛(アメノヒホコ)
 昔、渡来してきた訳は、次の通り。
 新羅(シラギ)国に、沼が1つ有り、この沼の辺りに、阿具奴麻(アグヌマ)という賎しい
 女が、1人昼寝をしていて、日の輝きが、虹のように、その陰部を射した。
 一方、賎しい男が、1人居て、その様子を不思議に思い、その女の有様を見ていた。
 この女は、昼寝していた時から妊娠し、赤い玉を生んだ。
 それを見ていた賎しい男は、その玉を頼んで貰ってきて、いつも腰に着けていた。
 この賎しい男は、新羅(シラギ)国の山谷に田を作っていて、耕作人達の飲食料を牛
 に負わせて、山谷に入る時、新羅(シラギ)国王の子、天之日矛(アメノヒホコ)に出会った。
 天之日矛(アメノヒホコ)が、その男に尋ね、なぜ、飲食料を牛に負わせて、山谷へ入るの
 か、絶対、この牛を食べるだろう、と言って、男を捕らえ、牢屋に入れようとした。
 その男は、牛を食べようとしておらず、耕作人の飲食料を運ぶだけ、と答えた。
 しかし、天之日矛(アメノヒホコ)は、許さず、
 その男が、腰の赤い玉を天之日矛(アメノヒホコ)に贈ったことで、その男を許した。
 天之日矛(アメノヒホコ)は、赤い玉を床の辺りに置いたところ、
 美しい乙女に化身したので、その乙女と結婚し、正妻にした。
 その乙女は、常に様々な珍味の物を用意し、天之日矛(アメノヒホコ)に食べさせた。
 天之日矛(アメノヒホコ)は、高慢になり、妻を罵ったので、妻は、祖先の国に行く、と
 言って小船に乗り、新羅(シラギ)国から逃げ、海を渡って、難波(ナニハ)に留まった。
 これは、難波之比売碁曽(ナニハノヒメゴソ)神社に鎮座する、阿加流比売(アカルヒメ)神。
 妻の阿加流比売(アカルヒメ)が逃げたことを聞いて、追いかけ渡って来たが、穴戸
 (アナト)神に遮られて、難波(ナニハ)に入れなかったので、但馬(タヂマ)国に停泊した。
天之日矛(アメノヒホコ)【子:1人】
◆多遅摩之俣尾(タヂマノマタヲ)の娘、
 正室、前津見(サキツミ)を娶り、生んだ子 1人。
 1.多遅摩母呂須玖(タヂマモロスク)
上記多遅摩母呂須玖(タヂマモロスク)【子:1人】
 1.多遅摩斐泥(タヂマヒネ)
上記多遅摩斐泥(タヂマヒネ)【子:1人】
 1.多遅摩比那良岐(タヂマヒナラキ)
上記多遅摩比那良岐(タヂマヒナラキ)【子:3人】
 1.多遅摩毛理(タヂマモリ)
 2.多遅摩比多訶(タヂマヒタカ)
 3.清日子(キヨヒコ)
上記清日子(キヨヒコ)【子:2人】
正室、当摩之咩斐(タイマノメヒ)を娶り、生んだ子 2人。
 1.酢鹿之諸男(スカノモロヲ)
 2.妹(イモ)、菅竃由良度美(スガカマユラドミ)
上記多遅摩比多訶(タヂマヒタカ)【子:1人】
正室、姪の菅竃由良度美(スガカマユラドミ)を娶り、生んだ子 1人。
 1.葛城(カツラギ)の高額比売(タカヌカヒメ)命=息長帯比売(オキナガタラシヒメ)命の御親。
★多遅摩毛理(タヂマモリ)は、新羅(シラギ)国王の子、天之日矛(アメノヒホコ)の子、
 多遅摩母呂須玖(タヂマモロスク)の子、多遅摩斐泥(タヂマヒネ)の子、
 多遅摩比那良岐(タヂマヒナラキ)の子で、天之日矛(アメノヒホコ)の4代下。
★息長帯比売(オキナガタラシヒメ)命は、多遅摩比那良岐(タヂマヒナラキ)の子、多遅摩比多訶
 (タヂマヒタカ)の子、高額比売(タカヌカヒメ)命の子で、天之日矛(アメノヒホコ)の6代下。
★新羅(シラギ)国王の子、天之日矛(アメノヒホコ)が渡来してきた頃 「昔」 は、
 多遅摩毛理(タヂマモリ)が仕えた伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇
 (垂仁天皇)4代上、大倭根子日子賦斗迩(オホヤマトネコヒコフトニ)命(孝霊天皇)の頃か、
 息長帯比売(オキナガタラシヒメ)皇后(神功皇后)の夫、帯中津日子(タラシナカツヒコ)天皇
 (仲哀天皇)6代上、大倭根子日子国玖琉(オホヤマトネコヒコクニクル)命(孝元天皇)の頃。

天之日矛(アメノヒホコ)が、渡来(但馬国出石)させた物=玉津宝(タマツタカラ)
 珠2波を起こす細長い布波を鎮める細長い布風を起こす細長い布風を鎮め
 る細長い布奧津(オキツ)鏡辺津(ヘツ)鏡の合計8種=伊豆志之八前(イヅシノヤサキ)大神。

秋山之下氷壮夫神春山之霞壮夫神 (回想)
秋山之下氷壮夫(アキヤマノシモヒヲトコ)神()春山之霞壮夫(ハルヤマノカスミヲトコ)神()
 上記伊豆志之八前(イヅシノヤサキ)大神の娘、伊豆志袁登売(イヅシヲトメ)神を、
 多くの神は、得たいと思っても、結婚できなかった。
 兄が、弟に、自分は、伊豆志袁登売(イヅシヲトメ)神を求めて、結婚できなかったが、
 おまえは、得られるか、と言えば、弟は、容易にできる、と答えた。
 兄は、弟に、おまえが、伊豆志袁登売(イヅシヲトメ)神を得ることができれば、自分は、
 身長高さの甕に酒を造り、山河の産物を準備することを賭けよう、と言った。
春山之霞壮夫(ハルヤマノカスミヲトコ)神()の母
 秋山之下氷壮夫(アキヤマノシモヒヲトコ)神()の賭けを、春山之霞壮夫(ハルヤマノカスミヲトコ)神
 ()から聞くと、藤蔓(フヂツラ)を取って上衣靴下靴を織り縫い、弓矢を作り、
 春山之霞壮夫(ハルヤマノカスミヲトコ)神()にその上衣袴等を着せ、弓矢を持たせて、伊
 豆志袁登売(イヅシヲトメ)神の家に行かせると、衣服弓矢は、藤花(フヂハナ)に変わった。
春山之霞壮夫(ハルヤマノカスミヲトコ)神()
 弓矢の花を、伊豆志袁登売(イヅシヲトメ)神の厠(カハヤ)に掛け、伊豆志袁登売(イヅシヲトメ)
 神が、その花を持った時に、後に付いて部屋に入り、結婚して、1人の子を生んだ。
秋山之下氷壮夫(アキヤマノシモヒヲトコ)神()
 春山之霞壮夫(ハルヤマノカスミヲトコ)神()の伊豆志袁登売(イヅシヲトメ)神との結婚を嘆き、
 賭けの物(身長高さの甕に酒を造り、山河の産物を準備すること)を償わなかった。
春山之霞壮夫(ハルヤマノカスミヲトコ)神()の母
 春山之霞壮夫(ハルヤマノカスミヲトコ)神()の心配を聞いた時、
 この時代は、神の振舞いに習うものだが、秋山之下氷壮夫(アキヤマノシモヒヲトコ)神()
 が、賭けの物を償わない、と言って、秋山之下氷壮夫(アキヤマノシモヒヲトコ)神()を恨み、
 伊豆志(イヅシ)川(但馬国出石)の川島の節竹で粗目の籠を作り、
 川の石を取り、潮に漬けて、節竹の葉に包み、この石を入れた籠を煙の上に置いて、
 春山之霞壮夫(ハルヤマノカスミヲトコ)神()に、兄を呪詛させた。
秋山之下氷壮夫(アキヤマノシモヒヲトコ)神()
 8(2倍数)、病気になってしまって嘆き、母に頼んで、弟の呪詛を解かせると、
 元のように、健康になった。(神賭けの言葉の元)

品陀和気天皇の孫
品陀和気(ホムダワケ)天皇の御子、若野()毛二俣(ワカノケフタマタ)皇子【子:7人】
◆母、息長真若中比売(オキナガマワカナカヒメ)の妹、
 正室、百師木伊呂弁(モモシキイロベ)、
 亦の名:弟日売真若比売(オトヒメマワカヒメ)命を娶り、生んだ子 7人。
 1.大郎子(オホイラツコ)、亦の名:意冨冨杼(オホホド)皇子
    三国(ミクニ)君、波多(ハタ)君、息長(オキナガ)君、筑紫之米多(ツクシノメタ)君、
     長坂(ナガサカ)君、酒人(サカヒト)君、山布勢(ヤマフセ)君 の祖先。
 2.忍坂之大中津比売(オサカノオホナカツヒメ)命
 3.田井之中比売(タイノナカヒメ)
 4.田宮之中比売(タミヤノナカヒメ)
 5.藤原之琴節郎女(フヂハラノコトフシイラツメ)
 6.取売(トリメ)皇子
 7.沙祢(サネ)皇子
品陀和気(ホムダワケ)天皇の御子、根鳥(ネトリ)皇子【子:2人】
正室、異母妹の三腹郎女(ミハライラツメ)を娶り、生んだ子 2人。
 1.中日子(ナカヒコ)皇子
 2.伊和島(イワシマ)皇子
品陀和気(ホムダワケ)天皇の御子、堅石(カタイハ)皇子(迦多遅皇子)【子:1人】
 1.久奴(クヌ)皇子
品陀和気(ホムダワケ)天皇 (15代 応神天皇)
 御年:130(2倍数)甲午(キノエウマ)年99日死去。
 御陵:河内恵我(カハチエガ)の裳伏崗(モフシオカ)(河内国志紀)


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